境界の旅人35 [境界の旅人]

第九章 悪夢




 次の日、由利は常磐井と京都市中央図書館の前で、九時半の開館に間に合うように待ち合わせした。

「今日はバイクじゃないの?」

 常磐井はいつもながらに多少ダサ目のTシャツの上にチェックのシャツを羽織っていた。昨日のように黒一色でまとめた精悍な常磐井の姿に惚れ直していた由利は、ちょっとがっかりしたように言った。

「バイクだと一緒に移動できないじゃん? 今日はバス」

 由利の気持ちなどまったく気がついた様子のない常磐井は、あっさりと否定した。

「えー。なんだぁ。常磐井君の乗ってるバイクって二人乗りできないの?」

「オレのバイクは四百でタンデムはできるけど、免許取得後一年間は、二人乗りはできないんだわ。高速に乗るのも、取得後三年経ってからなんだよな」

「なんかつまんない。後ろに乗っけてもらえるかと思ってたのに」

「いや、そもそも由利用のメットがないからダメっしょ。オレはそんな危ない目に由利を遭わせる気はないよ。まぁ、来年の八月になったらな。琵琶湖を周遊するのとか、吉野の奥のほうへ行くのとか面白いかもな」

「うわぁ、いいなぁ。あたし、十津川の方へ行ってみたい。玉置神社とか」

 ワクワクしたように由利は言った。

「おお、日本最後の秘境か。それいいな。いつか行こうぜ」


 
 図書館の中へ入ると由利は常磐井に言った。

「まず何から手を付けるつもり?」

「そうだな・・・。こういうのは最初にだいたいの当たりを付けてから、だんだんと物事の核心に迫る深層部へと入るべきなんじゃね? だからさ、もしそういう事故が過去に起こったとしたら、まずはそれを記載されているものを捜すべきだと思うんだわ」

「記載されているものって?」

「要するにこれって、市電の事故なんだろ? そしたら市電史みたいなものがあるかどうかを調べてみるのがいいんじゃね?」

 常磐井は参考図書のコーナーへ行って司書の女性に訊いた。

「すみません、教えていただけますか?」

「はい、何でしょう? お伺いいたします」

 普段からはまったく考えられもしないよそいきの口調で、常磐井は尋ねた。

「あの・・・、戦後まもなくの京都の市電について調べたいのですが、なにかそういう年史みたいなものってありますでしょうか?」

 これまで由利には絶対に見せたことのなかった爽やかな笑顔で、常盤井は頼んだ。

「そうですねぇ、ちょっとお調べしますから、お待ちください」

 司書の女性は、興味深げにちらりと常磐井から由利の方へと顔に目を走らせてから答えた。しばらくすると司書が本を何冊か持ってきた。

「だいたいこの中に戦前から戦後の京都市電のことが書いてあると思います」

 そう言って司書が探して見せてくれたのが、『京都府百年の年表 7 建設・交通・通信編』『新聞集成昭和編年史 昭和21年版Ⅰ』『戦後京の二十年』『さよなら京都市電 83年の歩み』だった。

 さっそく由利と常磐井は参考図書のコーナーに備え付けられた机に向かって、京都市電が転落した事件が、実際過去に起こったかどうかを調べ始めた。

「ほら、由利見てみろよ、ここ」

 常磐井が『京都府百年の年表』の昭和21年2月8日の項を見せた。

 北野発京都駅行の満員の市電、堀川中立売で堀川に顚落(死者15人、重軽傷14人)と記載あり。出典「京都新聞 昭和21年2月210日」

「やっぱり、あの事件って過去に起こっていたんだね。それも死者が十五人だって」

「そのころにしたら、15人がいっぺんに死んだなんて結構大変な事故だよな」

「うん、そうだと思う。タイムスリップしたときに現場を見てて、昔のJR福知山線脱線事故の縮小版みたいな感じだったもん」

「その表現はこの場合、ぴったりだな」

 しばらくふたりはまた他の本も同様の記載があるかどうか調べていた。

「あ、これ、常磐井君、これ見て」

 由利は『新聞集成昭和編年史』の中にある大阪毎日新聞の2月10日の記事を指示した。

 燃える市電、堀川へ落つ 死傷五十余、京都北野線の椿事

「ふうん、大阪毎日新聞は、京都新聞に比べるといやにザックリだな。なんだよ、『椿事』って? そんなのどかなもんじゃないっしょ、これは? それにさ、火事って実際にあったの、由利?」

「ううん、火事はなかった。まぁ、新聞が『毎日新聞』だし、大阪でしょ? 当時の新聞ってこんなふうにいい加減だったのかもしれないね」

「実際に現場で取材したっていうより、よその新聞社からのまた聞きっぽい感じがするな」

「それにほら、これ見て。ここにも載ってる」

 由利はまた常磐井に『さよなら京都市電』の本の中年表の昭和21年2月8日の頃を示した。

 北野発京都駅行の満員の市電、堀川中立売で堀川に顚落(死者15人、重軽傷14人)

「まぁ、これはおそらく京都新聞の孫引きなんだろうな」

 常磐井はじっと考え込むように言った。それまで『さよなら京都市電』にパラパラと目を通していた由利はハッとした顔をして相手のほうへ顔を向けた。

「ねぇ、常磐井君、これ見て」

「ん?」

「ほら、これ。『女子運転手』の頃を見て。これにはさ、戦時中は人手不足で一時、女子運転手がいたって。『※女子運転手として働いた人達は、いずれも昭和16年~19年ごろに車掌をしていた。戦争が激しくなり男手が不足しだすと唯一の交通機関である市電を走らせるために、車掌の中から運転手を募集した。しかし応募がなく半ば半強制的に車掌を女子運転手として採用した』って」

「へぇ、そんな時期もあったんだねぇ」

 常磐井は感心したように言った。

「由利さぁ、これって考えてみれば、女子運転手って戦後もしばらく存在していたんじゃね? だってさ、これまで出征していた兵士たちが、戦争が終わったからつって、そんなにすぐには帰ってこられるはずもなかっただろうしな」

「まぁねぇ。シベリア抑留っていうのもあったし、南の島に行ってた人だって引き上げるのに時間は結構かかったはずだよねぇ」

 それから再び本に目を通していた由利は、再び口を開いた。

「ねぇ、これ見てよ! 『※そのころの車両は、単車が多く、ブレーキは手回しであった。女子がこの【まいたまいたブレーキ】を回すのは容易なことではなかった。特に巻き戻ったときに胸部にあたると大変危険なので、剣道着をつけて練習をした。少女たちにとっては大変恥ずかしい服装であった』だって」

※ どちらも『さよなら京都市電 83年の歩み』76・77ページを引用。

「やっぱり由利が言っていたように、GIが女運転手にちょっかいをかけて、この『まいたまいたブレーキ』を回しきれなかったんじゃない?」

「うん。たしかにあの電車は中で事件が起こっていたように思う。何だか様子が変だったもの」

 由利があのときのことを思い出すように言った。

「じゃあ、事件が起こった昭和21年の2月8日以降の京都新聞を閲覧させてもらおうかな。事件の経緯がこんな記事からじゃ、まったく判らんもんな」

 由利は事件が書かれている箇所に付箋を貼ってコピーを取り、そのあとそれを整理してスクラップ・ブックに張り付け、出典と掲載ページを書き入れていた。一方常磐井は昭和21年2月の京都新聞を閲覧を申し込んで、他になにか関連記事がないかと確かめていた。

「ほら、これ見ろよ」

 常磐井はコピーを持って由利の傍へ来た。

「これは2月10日。事件の二日後の京都新聞の記事だよ」

 由利は常磐井が持ってきた京都新聞の記事に目を通した。だがそれには、乗客の中に進駐軍のGⅠが乗っていたことは書かれていたが、事故の原因は調査中とのみ記載されていただけだった。

「なんか歯切れの悪い記事だね、これ」

「ううん、たぶん進駐軍の介入があったんじゃないかな。だから本当のことが書けなかったんだ」

「こんな大きな事故を起こしてたくさんの人を死に至らしめたは事件なのにね。どこの人間であろうと罪は罪のはずなのに、進駐軍の人間だったってことで報道の規制が入ったんだね。やっぱり戦争に負けたってことは、こんなところにまで波及するってことなんだ」

 由利は少し憤慨していた。

「当時の感覚では、そうだったんだろうな」



 気が付けばあっという間に時計の針は1時を回っていた。ふたりは図書館の近くにあるラーメン屋しゃかりき 千丸本店へと行った。

「お腹空いた~。常磐井君は何にする?」

 由利は隣に座った常磐井にも見えるように、メニューを広げた。

「オレは、特製ラーメンの大盛かな? それにごはん大盛、餃子! 由利は?」

「え、そんなに食べるの?」

「あァん? こんなの、男子高校生としてはごく標準だろ?」

「そうなんだ・・・。あたし、男の子とこれまで食事を一緒にしたことないから、分かんなかった」

「じゃあ、これからどんどん一緒に食べようぜ!」

 常磐井の誘いをさりげなくかわして、由利はメニューの説明書きを読んだ。

「う~ん、スープはこくとんとまろとんのどちらかを選べって書いてあるけど、どう違うの?」

「こくとんは濃いめ、まろとんは薄めなんじゃない? ま、由利って東京育ちだからまろとんでいいんじゃね?」

 由利は常磐井に言われた通りに、特製ラーメン並のまろとんスープにすることにした。

 しばらくすると、ふたりのところにそれぞれのラーメンが運ばれて来た。

「うめっ!」

 常磐井は何のてらいもなく、煮卵入りのチャーシュー麺をさも旨そうにすすり上げていた。一方の由利は見たなり疑問に駆られた。たしかにこれまで由利もラーメンは好きでよく食べていた。だが東京で食べていたラーメンと今目の前にあるものとでは、あまりにも様子が違う。

 恐る恐るレンゲでスープをすくうと、心なしかとろみがついている。不思議に思いながら一口飲んだ。

「うわっ、濃い!」

 由利は思わず叫んだ。

「うん、こういうのが京都ラーメンなんだよ」

 常磐井は得意気に言った。

「へー、京都っていったら、あっさりはんなりかなぁって思うのに。なんでラーメンだけはこんなにぎっとぎとで濃いのよ?」

「え? あっさりはんなりは、観光客向けだろ? 京都人の本音は常にぎっとぎとだよ。京都人は人の目の触れないところでは、絶対に懐石料理なんて選ばない。つねにすき焼きやビフテキだよ。豚肉なんかよか、ずっと牛肉が好きなんだ」

「へぇ、そうなんだ。なんか意外」

 由利が一生懸命ラーメンを食べている間に、常磐井も黙々と自分が注文したものを平らげていた。

「ふう、お腹いっぱーい」

 由利が安堵のため息をついた。



 ふたりは店を後にして丸太町通りを東に歩いていった。

「なんか午前中はあっという間に過ぎちまったな」

 ひとごこちつくと、由利は常磐井に尋ねた。

「ねぇ、常磐井君。あたしがタイムスリップして出くわした市電の転落事故は過去で本当に起こったことだってのは、これではっきりしたよね」

「うん、まぁ、そうだな。そして事件が起こったのは、終戦直後の昭和21一年の2月8日のことだった」

 常磐井が付け足した。

「でもさ、そこでは、本来死んではならないはずの、あたしのおじいちゃんとそのお兄さんが亡くなっていた」

「うん。まぁ、そうだな」

「それ、どうしてだと思う?」

「どうしてかって? う~ん。由利、おじいさんにその事故にまつわる手がかりになるようなエピソードみたいなもの、これまでに聞いたことないのかよ? たとえばさ、おじいさんは小さい頃に本当はあの電車に乗るはずだったんだけど、何かの偶然で乗れなくなって、間一髪で死を免れたとかさ」

 由利はしばらく考えていたが、ふと脳裏をよぎるものがあった。

「そう言えば! あたし、京都に初めて来たとき、今の堀川通りの東に細い通りが一本あって、変だなぁって思ったことがあったんだよね。そしたら三郎が・・・」

 三郎ということばを口に出して、由利はハッとした。常磐井は未だに由利が三郎と付き合いが途切れていないと知ったらどんな顔をするだろう。

「三郎が? 三郎ってもしかしてあのけったくそ悪い死霊のことか? いつまでも由利に付きまといやがって。で、あの死霊が何と言ったんだよ」

 常磐井は少し憮然とした調子で言った。

「以前、三郎は・・・大きい二車線の道路っていうのは戦時中に作られた道路であって、本来の堀川通りっていうのは、あの細い東堀川通りなんだって教えてくれたの。その上六十年前には、その細い道路にチンチン電車まで走っていたって」

「へぇ、あんな車一台通るのがやっとみたいなところになぁ・・・。まさか市電が走っていようとはねぇ、オレも由利の話を聞くまでは信じられなかったよ」

「まぁ、昔の人は常磐井君なんかと違って、コンパクトにできていたからねぇ。そんなもんでよかったんじゃない?」

「フン。どうせオレは大男だよ」

 まぁまぁと由利はとりなした。

「うん。それでね、家に帰っておじいちゃんに三郎の言っていたことを話して、それは本当かって訊いたのよ」

「え? 由利、おまえ、おじいさんにあの死霊から聞いたって話したのかよ?」

 常磐井は少し驚いた表情をした。

「そんなはずないでしょ? ばったり学校の友達に会って教えてもらったって、ちゃんと言ったわよ!」

「ああ、それなら良かった」

 常磐井はわざとらしく、胸をなでおろすしぐさをした。由利は小声で「何よ、意地悪ね」とつぶやいた。

「でね、そしたらおじいちゃんは、それは過去の東堀川通りに市電が走っていたのは実際に本当のことだし、おまけにその電車はおじいちゃんが六つか七つのときに、中立売の橋梁で転落事故が起こって、一歩間違えればおじいちゃんも巻き添えを喰らって、死ぬところだったって話をしてくれたことがあったのよ」

「そう、それだよ、由利! そう来なくっちゃな! それでおじいさんは、何って言ってた?」

 常磐井は目を輝かせて、由利に訊ねた。

「おじいちゃんはそのとき、錦市場で働きに行っていたお兄さんにお弁当を届けるために、すぐ上のお兄さんと一緒に市電に乗ろうとしていたらしいんだけど、中立売大宮の電停で知らない女学生に呼び止められたんだって」

「へぇ、知らない女学生? それ何? 一体何者なんだ?」

「そう、その見ず知らずの女学生があまりに必死な様子で『乗るな!』って引き留めるから、おじいちゃんたち、つい乗りそびれたんだって」

「ふうん」

 常磐井はしばらく腕を組みながら、流れる空の雲を見上げて考えていた。

「なんでその女学生は、おじいさんたちを引き留めたんだろうな」

「さあね。だけど事件の直後、おじいちゃんのお母さん、つまりあたしの曾祖母にあたる人がお礼を言いたいからって、助けてくれた女学生をさんざん探したんだけど、結局見つからなかったんだって」

「へぇ。そんなことってあるかぁ。女学生だろ? だってそのころの京都の女学校なんて今なんかと違って、数なんか知れたものだろ? それに今でこそ大卒なんて当たり前だけど、戦前は男ですら旧制中学卒だったら大したものだったんだ。ましてや当時、女学校まで上がらせてもらえる女の子っていうのは、ある程度裕福で親にも教育がある家の子供と相場は限られているはずだ。そんなのすぐ身元がわかりそうなものなのに」

「うん、おじいちゃんも、それは不思議だったって言ってた」

「ふうん、なるほどね。まぁ、この事件に関してはその女学生が鍵を握っているんじゃないか?」

「あ、そうだ。おじいちゃんは『女学生は未来が見えていた、そうとしか考えられない』って言っていたんだよね」

「ふうん。それって意味深だよな。本来ならおじいさんを助けるために現れるはずの謎の女学生は、由利がスリップした世界では現れなかった。それは何か原因があるはずだ」

「そうなのかな?」

「そうだよ。もしオレの仮説通り、次の新月の晩の十一時に、由利があのコンビニからタイムスリップできたなら、何とかしておじいさんたちが電車に乗り込む前に、由利が電停に到着できればいいんだけどな。そこには必ず引き留める女学生が現れたはずだ。何かがその女学生の邪魔をしたんだ。もし次回由利がタイムスリップして間に合えば、その女学生がおじいさんたちを引き留めるのを傍について協力することもできるはずだろ」

「そんなこと・・・あたしにできるのかな?」

 由利は心配そうに顔を曇らせた。

「おれはさ、由利がタイムスリップした次の日に、コンビニがファミリー・マートからセブン・イレブンにいっとき変化してまたもとに戻ったってことにも、何か意味があるように思えてならないんだよね」

「ああ、あの超不可思議な事件?」

「そう。というのもさ、由利がタイムスリップした過去で起こるはずのない出来事っていうのは、実際には、まだ完全に決定されていないことなんじゃないかって気がするんだ。つまり過去を完全に上書きされていない証拠じゃないかって思うんだよ」

「まだ完全に決定されてないこと? 完全に上書きされていない? それってどういう意味?」

「おじいさんが死んでしまったのは、『そうなっていたかもしれない』という、ひとつの可能性としてのヴィジョンなんじゃないか? だってさ、実際におじいさんは過去に謎の女学生に助けられて生き延びた。それが本来の歴史が流れる大筋だ。もし過去が本当に書き換えられてしまったなら、ファミマはセブンに変わったままで、おそらく元に戻ることはなかったはずだ・・・。だからオレは思うんだ、過去を変えられることを望まない『意思』が働いたせいじゃないかって・・・。由利にそれを気づけと意思が教えているように思える」

「ねぇ、その、あたしに気づくよう教えようとしている意思って? それは一体何なの?」

「さあ、強いて言えば『神』って言うか、高次元的存在っていうか、絶対的な存在っていうか」

「ええっ? 神? そんなことってありえるのかな?」

「当事者のおまえがそれを言ってしまったらどうするよ? それを否定してしまったら、この事件はこれ以上先に進めなくなるぞ?」

「そうだね・・・。ゴメン、常磐井君。もともとあたしが変な相談を持ち掛けているっていうのに」

「いや、由利。そんなこと言うなよ。オレだって由利のために、何かの役には立ちたいと思っているんだよ」

「ありがと、常磐井君」

「いいって」

「今思い出したんだけど、以前三郎は自分のことを『時空の番人』だって言ってた。『時空と空間がお互いに絡みあわないように、まっすぐ進んでいるのを見張っているポイントごとの番人』だって」

「ああ、前にもそんなことを言っていたな・・・。じゃあそれが仮に真実だったとしても、由利がタイムスリップしたのは、結局はあいつの職務怠慢が原因ってことだろ? 今回の事件はアイツがしっかり見張り切れてなかったからこそ、起こってしまった事件なんじゃないの?」

「うん。そう言われればそうだよね。」

 由利の中で、過去に三郎に言われたことばが蘇って来た。

「判断を下すのはおれじゃない。それにまだ、そういうふうに命令が下されたわけでもない」

「誰が判断するの?」

「さあ、しかとは解らないけど、おれたちなんかよりはるかに高次元の存在さ。まぁ、安心しろ。高次元の存在っていうのは、人間みたいに非道なことはしない。まぁだからと言って、甘やかしてくれるわけでもないけどな。もっと理性的なものだ。人間の及びもつかない深い慈愛と思慮に基づいて判断は下されるものだから。どんな人間も生まれてきたことにはきちんとした理由があるものさ。もちろん、おまえだってだ。まずはそれを信じろ」



「あ、常磐井君、待って待って! あたし、夏にタイムスリップしたとき、どうしてこんなことが起こるのか三郎に聞いたことがあったのよ! そしたら三郎はタイムスリップすること自体が、本来は起こり得ないゲームのバグのようなものだって言ったの。あたし三郎のことばについカッと来ちゃって、『じゃあ、あたしの存在自体が間違いだったってこと?』って喰ってかかったことがあったのよ。だけど三郎は、今、常磐井君が言ったように三郎よりはるかに高次元の存在は、あたしが消滅するようなことを望んでいないって言ったの、高次元の存在はもっと理性的で、意味もなく残酷なことをしないって」

「へぇ、あいつがそんなことを?」

「そう。だけど、三郎自身は命令されてはいるけど、自分だってその高次元の存在が一体何かっていうのは知らされていないって言ってた」

「ふうん。なるほど」

 気が付けばふたりは鴨川の橋の上にいた。常磐井は日の短い光が金色に照らしている北山のあたりをじっと見て、黙って何かを考えていた。

「オレが今、気になんのは、由利がタイムスリップして起こる事件の場所だよ。堀川中立売付近」

「なんで?」

「あそこはさ、風水的に見ればいわゆる龍道が走っている場所なんだよな」

「龍道? なにそれ?」

「龍道とか龍脈っていうのは、土地のパワーが道のように走っていることを言うんだよ。聞いたことがない? この京都って土地を平安京として選んだのは、『四神相応』っていう土地のパワーに着目したことにあったってこと?」


ーあっー

ー土地にも記憶があり、思念があるんだ・・・。おまえはそういう土地の感情をゆるがすような要因があるのかもな。特にこの辺は土地にパワーがあるから、なおさらだー

「ま、ここはひとつ、兄貴にひと肌脱いでもらおうかな?」

「兄貴? ひと肌? 何よそれ?」

「ああ、オレの兄貴はさ、そういうのにわりと詳しいの。あいつ大学の専攻が史学でさ、それも正統な歴史じゃなくて、闇の日本史に精通してるっていうかな。申し訳ないけど、オレだけだと少しばかり心もとないっていうかさ。ちょっと知恵を借りて来るわ」

「お兄さんにはこの話をどこまでするの?」

 由利は不安そうに訊いた。

「うん? まぁ、差しさわりのないところまで。安心しなよ。由利には迷惑はかけないよ」







「さ、由利さん着きましたよ」

 常磐井の三つ違いの兄にあたる阿野治季は、後ろの座席に乗っていた由利に向かって声を掛けた。

「あ、はい。ありがとうございました」

「さあ、由利。車から降りて」

 それまで兄の隣の助手席に座っていた常磐井はそう言って、由利のほうへ身体を向けた。由利は前の座席に座っているふたりを道中の間、後ろからじっと観察していた。本当にこの兄弟は、双子といってもいいほどよく似ている。

 駐車場から降りて、三人はとある寺院のほうへ向かった。

「これから行くところは、青蓮院の別院である『青龍殿』ってところなんですけどね」

「青龍殿?」

「そうです、青龍殿。青蓮院は天台宗に属しているお寺なんだけど、ここは大護摩堂といって所定の日に護摩を焚いて修法をするところなんです」

 そんなことを言われても由利にはチンプンカンプンだ。美月なら目を輝かせて、この話に聞き入るのだろう。三人は山門に入って中へ進んでいくと、ほどなくお堂の手前に大きな丸い塚に行き当たった。

「ここが将軍塚だよ」

「へぇ、これが?」

 たしかにこれは小ぶりな円墳のようにも見える。だからと言って取り立てていうほど大事なものとも思えない。

「ええ。これからぼくがしようと思っている話の中ではこの将軍塚も大事なモチーフになるんだけど、それよりもまず、大舞台のところまで行きましょう。やはりあそこに立って、実際に京都の街を見下ろしながら話したほうが解りやすいしね」

 治季はにっこり笑って言った。同じ顔をしているけれど、印象は随分と違う。常磐井が太陽なら兄の治季はさながら月といったところだ。兄の治季は、ラルフ・ローレンの服を品よくきちっと着こなしているが、一方の常磐井はいつものようにユニクロやしまむらあたりの服を無頓着に着ている。常磐井はおよそ「装う」ということにまったくと言っていいほど無関心の輩のようだった。

「由利、行こうぜ」

 常磐井が手招きをして由利を呼んだ。

「うん」

 大舞台につくと、京都の街並みが一望のもと、ぐるりとパノラマ状に見渡せた。

「すごい!」

 いくらグーグル・マップで眺めていても、目の前の本物を自分の目で見るほど、たしかなことはない。

「ここはね、昔、和気清麻呂が桓武天皇を連れて来て『ここに遷都してはどうか?』と進言したところなんですよ」

「ああ、その話は前に一度うちの祖父から聞いたことがあります」

「桓武天皇が平安京を造営した帝ってことは由利さんも知ってるでしょう?」

「ええ、はい」

「なんで桓武天皇はそうしたかったか、ご存じですか?」

「えっと・・・。奈良にある平城京では仏教寺院の力が強まって、政治にまで強く介入してきたからって学校では習ったように思います」

「たしかに、それも見逃すことのできない大変重要な一因です。当時の平城京は仏教都市でした。平城京にいる限り、政教分離はできないと桓武天皇は考えた。これが遷都を決断した大きな理由だったのは、間違いないことですよ。ですがね、もうひとつ大きな理由があったんです」

「それは?」

「うん。桓武天皇は天智天皇の皇孫だったんですよ。ひ孫なんです。つまりね、これまで続いてきた天武天皇の血統を絶って即位した天皇なんです」

「天智天皇と天武天皇とですか? ええっと、ふたりは兄弟だったんですよね、たしか?」

「うん、そうね。天智天皇は中大兄皇子って言ったら、由利さんにも分かるかな。天武天皇は大海人皇子のことです」

「そうなんですね。額田王を兄弟で争った歌なら知ってるかも」

「そうそう。『紫野行き、禁野行き』って歌ね。で、話はもとに戻りますが、まぁ、この兄弟の相克はその後何世代にもわたって続くんですよ。これまでの奈良の都は兄の系統を差し置いて、天武天皇の子孫たちが築いてきたものです。だから天智系の桓武天皇にとっては、そんな息苦しい場所から脱出して、全く違う場所で新しい都を作ることが喫緊の課題となったのです」

「まぁ、そういう気持ちは解るわな。自分が天皇になっても、そんなややこしい親戚ばかり周りにいたんじゃ、やりにくくてしょうがねぇもんな」

 常磐井少し茶化してが言った。

「まぁ、そういうことなんです。で、即位して三年後、長岡京の地に遷都しようと桓武天皇は計画するんですが、すぐに頓挫してしまった。というのも造営の責任者だった藤原種継(たねつぐ)が暗殺されてしまったからなんです。まぁ、平城京では遷都に反対する人間も多くて、その不満が種継暗殺を引き起こしたと言われているんですけどね」

「ああ、そうなんですね」

「で、いつの世でもあることだけれど、桓武を帝の座から引きずり下ろすために、弟の早良親王を担ぎ出そうという動きがあったんです。だから桓武は、結構残酷な刑を下して弟を死に至らしめたんですよ。それから桓武の周りはなぜか不幸続きになるんです。母親や妻が死んだりしてね。それは早良の怨霊がなせる業だと噂されたりして。それで余計に桓武天皇は一刻も早く、別の地に都を作りたかったんですよ」

「それがこの平安京なんですね」

「そう。和気清麻呂がこの平安京遷都の立役者なんですけどね、それ以前に彼が奈良の朝廷に仕えていたとき、大事件が起こるんですよ。由利さんは弓削道鏡って名前、聞いたことがあるでしょ?」

「ああ、女帝を垂らし込んだ有名なエロ坊主のことな」

「エロ・・・! 悠季、おまえ、由利さんの前で、何てこと言うんだ。すみませんね、弟がこんなで」

「あ、お気遣いなく。先を続けてください。非常に面白いです」

 由利は笑いをかみ殺しながら返答した。

「はい、では。それで一説によれば、道鏡は女帝である称徳天皇(孝謙天皇)の愛人だったとか。本当かどうかはわかりませんけどね。まぁ、それでも臣下として女帝から寵を賜ったことはたしかなんです。そこまではいいんです。だが権力を持って思いあがった道鏡は、何を血迷ったのか帝位に着こうとした。ですが道鏡は、そもそも皇統とは何の縁もゆかりもない人物なんですよ。宇佐八幡宮より『道鏡が皇位に就くべし』との託宣を受けたなどとデタラメを無理やりでっち上げて、帝位に就こうと画策した。ですが一身を賭してそれを防いだ人間がいた。それが和気清麻呂だったんです」

「へぇ、そんな立派な人だとは知りませんでした・・・」

「そうなんです。天皇に仕えた文官の中では菅原道真と並び称されるくらいの英雄だと思いますね、清麻呂は。それで清麻呂が平安京造営大夫になり、新都をみごと造営することに成功します。そのあと清麻呂は平安京遷都の五年後に六十七歳で永眠しています。まぁ、ここまでは誰でもよく知っている歴史の通説です。ネットでググってみればそんなこと、ぼくがこうやって由利さんにわざわざ説明するまでもなく簡単に分かることですよね。ですがここからが、ぼくの得意とするダーク・ゾーンになるのですが・・・」

 治季は自分で話しながら、思わずクスリとひとり笑いをしていた。

「そうそう、兄貴の真骨頂に入るんだよな。正史には決して書かれることのない闇の歴史」

「うん、まぁ、そこでさっきの将軍塚にたどり着くんですよ」

「そう、あの塚はね、平安遷都のとき、都の守護として2.5メートルほどの武装させた土偶を埋めたと言われているんですよ」

「武装した土偶? それは治季さん、何のためなのでしょうか?」

「実は『将軍塚絵巻』っていうのがありましてね、かなり時代が下がって鎌倉時代に描かれたものなのですが、高山寺に収められています。詞書(ことばがき)はまったくないのですが、その絵を観察すると、平安京遷都の際、王城鎮護のため、ここ華頂山の頂上に築かれた将軍塚の由来を描いたものと判ります。この絵巻の作者は不詳ですが、描線が一気呵成に描かれていましてね、ちょっと今の漫画にも通じるところがあるようにも思えるんですよね」

「それには、どんなことが描かれているのですか?」

「えっとね、大勢の人夫がもっこを担いで土を運んで塚を作る様子や、完成したあと、塚穴に甲冑(かっちゅう)をつけた将軍である坂上田村麻呂の像が立っているところなんかが描かれているんですよ」

「坂上田村麻呂ですか?」

「そう。坂上田村麻呂も忠臣として名高い武将ですよね。桓武天皇に重く用いられて、二度にわたり征夷大将軍を務めたほどです。彼はね、一説によると死後、立ったまま柩に納めて埋葬され、軍神となって京の都を守っていると言われています。」

「将軍塚って田村麻呂の墓じゃないんですか?」

「ええ、彼の墓はまた別のところにあるんです」

「じゃあ、将軍塚には田村麻呂が葬られているわけじゃないんですね」

「そうです。ですがこの将軍の土偶には『汝は坂上田村麻呂たれ』という呪(しゅ)がかかっています。そして一方、神護寺には和気清麻呂の墓があります。彼自身も確固とした決意をしているんです。『我、死してもなお鎮護国家の礎とならん』とね。ふたりの強い思念でこの都は結界を張られているんです」

 由利と常磐井は目をまん丸に見開いて、治季の説明に聞き入っていた。

「面白いことにね、将軍塚と清麻呂の墓を線で結ぶと、その延長線上には天智天皇陵もあるんですよ。これって偶然じゃないです。たぶんその意味を理解してやっていることですね。もともと天智天皇と清麻呂の墓をつないだ直線上にわざわざ将軍塚を作ったんでしょうね。で、実際、将軍塚は国家存亡の危機に陥りそうになると、その前兆として鳴動するっていう不気味な言い伝えも今に伝えられているんですよ」

「えっ? そんなことが?」

「由利さん、あなたは『思念でそんなことができるのか』って考えていますよね?」

「ええ? まぁ、そうです。考えただけで都が守れるものではないって、あたしじゃなくても考えるんじゃないかと思います」

「ですがね、『思念とはそもそも何ぞや』と考えたとき、普通の人は頭の中で自分が勝手に思いついたものだと思うでしょ?」

「え、はい」

「ですが、思念とはそもそもこの世界の原初からあったものです。聖書にもあるじゃないですか。『はじめにことばありき』って。例えば何かの定理ですが、それは考えだしたものではなく、もともとこの世の法則としてあったものを数学者なり物理学者なりが、『発見』したものでしょう? 思念だってそうです。原初からあったものを人間がそれと知らずに、自分のものだと思って使っているのに過ぎないのです」

「はぁ・・・」

 由利は治季の説明を気が遠くなるような思いで聞いていた。

「人間というのは、神の形に似せて作られています。だから、神のように感じ、神のように考えることができるのです。まぁ、神のようにといっても、所詮は真似事ですけどね」

「すみません、お話が高度すぎてよく解らないのです」

「ん? ああ、つまり人間は神のように完全ではないってことですよ。しかし同じ人間でも、思念というか、意思がずばぬけて強い人はいるものです」

 治季は、おだやかな笑みを浮かべて答えた。

「で、当時の世の中で、空海とか菅原道真とか安倍晴明のように非常に優れた人たちは、こういうパワー・スポットを利用することを思いついたんですよ。都をより堅固なものにするためにね。由利さん、あなた四神相応って考え方に基づいてこの平安京が作られたってご存じですか?」

「はい、だいたいは。北が玄武で、東が青龍、南が朱雀で、西が白虎とか。それぞれ、北山、東山、巨椋池、嵐山に応対しているって聞きました」

「そうそう、よくご存じですね。昔の人は力のある土地っていうのを知っていたんですよ。桓武天皇は、平城京に残して来た天武系の連中や、弟の早良親王といった自分が獄死に至らしめた怨霊が怖ろしかった。そのため平安京を風水の四神相応の思想に基づいて作ったんです。怨霊や生霊の思念から都を守りたかったんですね。そういうパワーを持つ都を作った上で、さらに和気清麻呂、坂上田村麻呂の思念を利用して西と東に外敵から守る結界が張られたわけですけど、それをもっと発展させて堅固な形にしようと考えた人が過去にいたんですね」

「それはどういう?」

 治季はそれまで手にしていたiPadを開いて、グーグル・アースを起動させた。グーグル・アースはいったん、丸い球体の地球の姿になると、京都の街へダイブするように近づいて行った。画面は由利たちが見ているのとほぼ変わらぬ今日の街の姿になった。

「由利さん、二条城の近くに神泉苑っていうのがあるんです。今はちっぽけな池にすぎないんですけど、平安の昔は禁苑でして、広大な池が広がっていたという話です。空海なんかは、よくそこで雨ごいの祈祷をしました。それとですね、貴船神社の奥宮なんですが、ここに祀られているのは高龗神(たかおかみのかみ)すなわち龍神なんですよ。水をつかさどる神です。空海は神泉苑と貴船神社が繋がれているってことを知っていたんですね」

「つまり、貴船神社の奥宮と神泉苑は龍道でつながれていたと言うことですか?」

「龍道をご存じでした? それなら話は早いです」

 治季は非常にうれしそうな顔をした。

「龍道って、龍脈とか龍穴とも言って、風水をやられてる人なら、必ず耳にする言葉なんですよ。風水ではエネルギーのことを『気』というんですが、龍道とはそういう多大な『気』の経路のことです。龍道で貴船神社の奥宮と神泉苑はつながっている」

 治季がiPadの画面に出ている貴船神社の奥宮と神泉苑にピンを立てて、それを線で結んだ。

「だいたい、今の京都市を走っている堀川通りがこの龍道と重なるんですね。それで、もう一押し考えたんですよ、昔の賢人は」

「もうひと押し? 兄貴、それは何だ?」

「悠季、もうひとつこの都には大きな守護があることに気が付かないか?」

「あっ? もしかして京都の鬼門を守る比叡山延暦寺のことですか?」

「ピンポーン、当たりです、由利さん、冴えてる!」

「その延暦寺に対応するものがわかるかな? 桓武天皇は天智系で孤立していたって言っただろ? 悠季、おまえが桓武天皇だったら誰に頼る? 兄弟か? 父親か、母親か?」

 兄にそう訊かれると、しばらく常磐井は考えていた。

「うーん、兄弟はそれこそ、天智と天武の骨肉の争いがあるだろう? そう考えると天皇って孤独だよな。父親だって時と場合によれば息子に対峙してくる可能性がある。オレなら姉貴とか母親とか? 女に頼るよな」

「そうだよ、悠季。いい線いってるな」

「じゃあ、母親か姉かの、何か?」

「そう、これまでのことを考えてみろよ?」

「ああ、もしかして墓?」

「そうだ。桓武天皇の母親は、高野新笠といって身分の低い渡来系の女官だったんだが、彼女の墓というかまぁ、陵なんだが、それが大枝のほうにある。それがこれだ」

 またもや治季は、iPadの画面のひとつの場所を指し示した。

「ん? 大枝陵?」

「そう、これが桓武天皇の母親の高野新笠の陵なんだよ。高野新笠の母親は大枝真妹(おおえだまいも)っていって、この大枝の豪族の出だったみたいだな。それで高野新笠は晩年、母方の故郷である大枝の地で隠居していたから、墓が西京区大枝の地にあるらしい。つまり大枝の地一帯は、桓武の本拠地といってもいいんですよ。だから大枝の一族郎党に至るまでこぞって桓武の味方でしょうから、多大なパワーをもらえるはずです」

「なるほどね。で? もしかして比叡山とこの桓武天皇のおっかさんの墓をつなげるの、もしかして?」

「ご名答。するとどうなる?」

 治季は比叡山と高野新笠の陵の墓がつながるように線で結んだ。

 ここに三本の直線ができた。

 将軍塚と和気清麻呂の墓をつなぐ線。
 貴船神社と神泉苑をつなぐ線。
 そして、今言った、比叡山と高野新笠の陵をつなぐ線。


 大きなXの字とその中心を貫く一本の線が地図の中に見える。

「これってどういうことなんだよ?」

 常磐井が兄の顔をいぶかし気に見つめる。

「悠季、分からないか、おまえ。京の街がすっぽりと大きな護符に守られていることが・・・?」

「あ、これはもしかして、六芒星ですか?」

「よく分かりましたね、由利さん。そうです! 京都は大きな六芒星に守られているんです。こんなふうに考えて結界を張った人間がいたんですよ」

「誰なんですか? それ」

「この六芒星の中心はどこにあると思います?」

 常磐井と由利は三本の線がちょうど交差している真ん中を捜した。


「これは・・・?」

 常磐井は信じられないといった顔をした。

「そう、三本の線を通るのは、ちょうど、一条戻橋、そして晴明神社、そして由利さんがタイムスリップをしたあたりですよ」

「それじゃあ・・・」

「そう、あそこは一番京都の土地のパワーが強いところなんでしょうね」

「これを造ったのは安倍晴明ってことですか?」

「そうであるとも言えるし、そうでもないとも言えます。ぼくはさっきも言いましたよね。『意思』とか『思念』はそもそも原初から存在していたと。おそらく晴明もそれに気づいたでしょう。そして彼の意思を引き継いだ無名の人間が過去に何人もいたはずなのです」
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おかもん

こんにちは。
歴史をちゃんと勉強しておけばよかった……と思っています(;´д`) 何回か読みましたが、自分の中でうまく整理出来ていない……ああ、紙の本で読みたいです! 自分が今、高校生だったら絶対キャーキャーしながら読んでいたと思います!
服装センスのダサダサな常磐井くん、由利は下の名前では呼ばないのかな? と思ったり(笑) 京都のラーメンに驚いたり……自分のイメージって勝手なものだなと思いました。
ラストにはサスペンスドラマのように音楽が響いてきました〜なんか夜中にひとりで盛り上がってジタバタしておりました。お金も払わず、こんなにワクワクするお話を読ませていただき、申し訳ないです。ありがとうございます。
また週末を楽しみにしています!
by おかもん (2019-12-15 10:23) 

sadafusa

おかもんさま

今日もコメントありがとうございます。
昨日は、お婿さんが遊びに来ていまして、つい話に夢中になっていたものだから、UPするのがおそくなってしまって申し訳ありませんでした。

>歴史をちゃんと勉強しておけばよかった
いやいや、実は私もそんなにわかっているわけじゃないんですよ。
ただ、小説を書くようになってから、こういうことをもっともそうに書く技術はついてきたように思います。

常盤井って誠実なんだろうけど、なんかねぇ、直球な男なんですよねぇ。もうちょっと女の子を喜ばせるようなことができたらいいのに、とは思うけど、それができてしまうと、却って女の子に怪しまれるかなぁって感じがします。

こういうタイプの人は結婚したら奥さんにスーツをすべてコーディネートしてもらうタイプかもね。

自分の書いた話って客観的に人が面白いかどうかなんてわからないものです。
プロの方が書かれたものでさえ、万人受けするわけじゃないので、ましてや自分の作品をや、って思うんですけど~。

来週はさらに話は動きますね。
楽しみにしておいてください。
by sadafusa (2019-12-15 11:27) 

Yui

sadafusaさま、またも怒涛の展開ですね。少年少女サスペナブルドラマのようです。京都のいろいろなこと、私も点では教わっていても、場所のなじみがないのでなかなか難しいです。でも、舞台が京都を中心に目まぐるしく回っているのがわかりますよ。常磐井くんはむしろ男らしいさっぱり漢なのかもね。
おにいさんの方が裏があるのかな。
由利はおじいちゃんを救い出せるんでしょうか?救い出せないと彼女も死んじゃうというかこの世界からこぼれ落ちてしまうのですよね。人間の一瞬一瞬が命がけですね。
by Yui (2019-12-16 14:49) 

sadafusa

Yuiさま

そうそう、ドトーの展開ですね。
わたしって、こういうドトーの展開が好きみたいです(笑)

本当は、阿野兄弟の相克みたいなものも書きたかったけど、そうするともう、ものすごいボリュームになってしまって、26万字どころで済まなくなるので、割愛しました。

でも、これ書いたあと、続きが書きたいよなぁ、とか思って、アレコレ考えていると結構面白い話が書けそうだけど、
結構ドロドロの話になってしまって、娘にまた叱られそうです。

常盤井っていい意味でも悪い意味でも、次男の性分なんだよね。
長男は親の期待が強いから、「いい子ちゃん」タイプっていうか。
反対に次男はやんちゃ。だけど、常盤井は養子に出されちゃった身だからちょっと、屈折してるかもしんないなぁ。

夫が「映像化したら、爺ちゃんは北大路欣也ね」とかごり押ししてくるんねんけど、北大路さんでは絶対にないと思うんよ。
でも、自分ではそんなつもりなかったんだけど、読んでいる人が
「爺ちゃん、結構かっこいいやんな」とか言ってくるので、ちょっとびっくりです。

由利のおじいちゃんね、本当にどうなるのかなぁ、
助からなかったら、由利は存在しなくなるしね、

手に汗を握って読んでください!!
by sadafusa (2019-12-16 17:37) 

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