情熱 [雑文]

皆さま、こんにちは。

少々バテ気味のsadafusaです。


さて、26日に電子書籍が配布されたので、さっそく買って読んでみました。


輝夜伝(1) (フラワーコミックスα)

輝夜伝(1) (フラワーコミックスα)

  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2018/10/10
  • メディア: Kindle版



さすがなんですよね~。
誰でも知ってる『かぐや姫』をこんな風にアレンジできる
さいとう先生、本当に尊敬しちゃいます。

こういう作品って、さらりとさりげなく描かれているけど、
その水面下でどれだけの本を読まれて、どれだけのビジュアルの資料をご覧になっているかと
思うと本当に頭が下がる思いをするものです。


ですが、今回、わたしこれを読んでいて
なんか自分自身の『老い』ってものを感じてしまった。

というのは、昔はそれこそ、買った漫画は何度も何度も
擦り切れるまで読んだというのに、

それこそ、セリフのひとつ、ひとつまで克明に覚えていたのに、
この作品、ここまですばらしい出来なのに、
なぜか心が高揚しないんですよね。

歳をとるということは、こんな感動する心まで奪ってしまうものなのか。

身体ばかりではなく、心も干からびてしまうのはさびしいことです。

やはり、疲れているのかもしれないですね。
いくつになってもワクワクする気持ちだけは、持ち続けていたいです。


10月は毎日、更新していましたが、ここらでちょっとお休みして
更新する頻度を下げることにしました。

つまんない記事を書いていても仕方ないしね。
やはり、読んで楽しい、っていうのが一番です。

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真贋を見極める力 [雑文]

皆さま、こんにちは。

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いわゆる『萌え絵』の絵本を与えるべきか、否か。

https://www.cyzowoman.com/2018/10/post_206184_1.html


これを読んで、いつの世も変わらないなぁと思うのが、一番強い気持ちです。

昔は、マジな顔をして、漫画を読むとバカになるといわれたもんです。
ゲームもすると、勉強がおろそかになるとはよく言われました。
また、うちの子供がちいさいとき、「悪質な絵本は駆除しよう」といって
「ノンタン」シリーズはよくない、などと言われたものです。

だけど、そういう大人がチョイスする本ってどういうのよ?
ってよく思う。

小さい時から、良質のものだけを与えて目利きに育てたい、と思う親の心は
解る気もしますが、それって傲慢っていうか、余計なお世話なのね。

この記事にも書いてありますが、「自分がよい」と思うのは
世間で「よい」というお墨付きがあるものであって、
たぶんにそういうものは古いものなんですよね。

新しい潮流は、そういう判断がなされていないために、
いいか悪いかわからにものなのです。

それまでのアカデミックな絵画を覆した印象派などは
異端も異端で、当時はまったく認められなかったものなのですよ。

たしかに、世に出てすぐ命が尽きてしまうものもあります。
それは、その作品に力がなかった場合。
でも、本当に力のあるものは、生き延びていくものなのです。


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大人がみて、実にくだらないと思ったとしても、
子どもが喜んでみているようなら、それを与えてはどうですか。
十分に浸ったものだけが、そこから出ることができるのです。


こう言っては何ですが、そのとき、そのとき、で子供の必要とするものは違ってきます。

そして、たくさんたくさん吸収した子供はいつしか、審美眼は鍛えられているものです。



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ひそやかな吐息のような恋 『シリウスの伝説』 [読書・映画感想]

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皆さま、こんにちは。


このアニメーション映画はあのサンリオが20周年記念として
1981年に作ったものなのだそうです。
ええ~、40年近く昔のものなんだ~!そりゃ、わたしも歳もとるはずだわw

しかもなんかすっかり忘れていましたが、サンリオとは!

サンリオというと、どうしてもわたしは「マイメロディ」を思い出してしまって。
あれはあれで柊センパイのウサミミ仮面とマイメロのギャップ萌えがすごい、
ある意味で傑作ではあるんですが(笑)

今は宮崎駿さんのジブリ・アニメが世の中を席巻していますが、
またちがった趣のこんな傑作があったのですね。

なんかまぁ、見ているとディズニーの「リトル・マーメイド」なんかと
設定が似ているんです。アリエルもとってもイノセントでキュートなんですが、
このアニメはね、もっとひそやか。でもうちょっと色調がダークだね。
まぁ、だいたいハッピーエンドじゃないし。
でも、わたしとしては
「それから王女サマと王子サマは幸せにくらしましたとさ、めでたし、めでたし」
って話は好きじゃないんですよ。

たとえば王女さまの中には、
ダイアナみたいな哀しい最期を迎える人もいるじゃないですか。
ある意味、こういうふうに悲しく美しく終わった恋は、
ずっと美しいままに、永遠に輝いていられるって思うんですね。

40年近くのことだから今どういう感じになっているのかわからないけど、
サンリオもまた、頑張ってこんな美しい作品を作ってほしいなあって思うし、
若い人はまったくこの作品の存在さえ、知らない人が多くいるみたいだから
今日は頑張って、『シリウスの伝説』の魅力をお伝えしたい!と思います。

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このお話はかの有名な『ロミオとジュリエット』を下敷きにしています。
それを幻想的な妖精の世界に置き換えたのです。

昔、昔、火と水は本当に仲のよい姉弟で、お互いが混沌と交じり合うほど
深く愛し合っていたのだけれど、
だれかが心ない中傷をして、
それを真に受けてしまったふたりは、なまじ仲がよかっただけに、
それ以降深く憎しみ合うようになってしまった。

そして水は海へ、そして火は陸へとお互いたもとを分かちあって、
再び相まみえることはなかった。

そしてはるかに時代が下がったそんなとき、水の子の王子と火の女王の娘が、突然に出会って、
恋に陥ってしまうのです。

もうもうもう、そのシーンが本当に美しい。
なんていうのかなぁ、キャラクターデザインをした人は本当に優秀な人で
どことなくカイ・イカールを思わせるような洒脱で洗練されたものです。
ふたりは原作のロミオとジュリエットのように思春期の美しい少年と少女なんですよね。

そうだなぁ、まだお互い14歳から15歳ぐらいでしょうか。
大人の世界に足を入りかけているようなそんな時期。
まだ本当に若くて、青くて、純粋。そして一途。


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水の子のシリウスは太陽の光に当たれば死んでしまうし、
火の子のマルタは水に入れば死んでしまう。

だからふたりが会えるのは、太陽が沈んで、かがり火が美しくともされる夜だけなんです。

始めは今まで一族の中で伝えられてきた相手の一族の悪口をまともに信じていたふたりは
敵側の人間なんだと猜疑心でいっぱいでしたが、だんだんとそれが誤解であったことに
気が付くのです。
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ふたりは運命に導かれるように、やがて一時も離れがたいと思うほどに
深く、深く愛し合うようになるのです。
ですが、ふたりはいずれ一族の長になることを運命づけられていた身なのでした。

自分に責任を感じているふたりは、会うのをお互いに禁じるのですが、
燃えるような恋心はそれを許さなかった。


ふたりは一緒に結ばれる道を模索しますが、それはどうしても実現不可能でした。

やがて、ふたりはある伝説を聞きつけます。
90年に一度、ある植物が芽吹いて胞子を空に向かって吐く。
それは、愛し合うことの許されない恋人たちを
シリウスの星へといざなってくれるのだと。

約束の時間にマルタはその胞子植物の丘へ行くのですが、
シリウスはどういうわけか来ない。
その間にどんどんと胞子は開いて、空へと飛び立ってしまう…。

ああ、わたしたちの胞子は飛んで行ってしまった…。
絶望にくれて横たわるマルタ。

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もう、その描写が繊細でねぇ、
群青色の夜空、銀色に揺れるしずく、明々と灯される優しいかがり火の色。

まるで、菱明の中のかそけき光にきらめく、樹氷かつららのようです。
すべてがとても繊細で、それでいてどこか硬質なきらめきがあるのです。


そしてこの作品はすぎやまこういちさんが作曲しておられまして
この繊細な画風にピッタリの、清らかで少しセンチメンタルな
音楽が付いています。

オープニングとエンディングテーマは「サーカス」っていうグループの
コーラスなのですが、
グレゴリアン・チャントみたいにいつも、
三度五度ときっちり移行するような堅苦しさなのではなく、
ユニゾンにはじまって、ぱぁっと花が開くように、ハーモニーが広がっていくんですねぇ。

そして、歌声がとてもリリックで、ささやくように歌っているのです。
本当に美しいです。

火の子と水の子の、初々しくも激しい恋。



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水の子の少年は、視力を失って、「マルタ、マルタ。ぼくはマルタが好きだ!」
といいながら、日の中へ入って死んでしまうのです。

そのとき、変態して、大人の女性に変身したマルタは、
(この乙女の姿がまた、美しいながらもそこはかとなく官能的で、素晴らしい造形に驚くのですが)
死んでしまった恋人を抱いて、自らもまた命とりになるはずの水の中へと沈んでいくのですね。
恋人たちは死もおそれず、恋の成就を願うのです。

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人間は生きていく限り、こんなに美しい恋に生きることはできないのです。

こんなふうに永遠に美しくて清らかな少年少女の姿のままで、
その熱い恋ごころをいつまでも変わることなく
抱えて生きていくことは到底できない。

それは人間は必ず死ぬという運命を背負っているし、
それに現実の生活は、こんなふうにセンチメンタルな心情を吹き飛ばしてしまうほど、
無情で世知辛いなものです。

だからこそ、こんな美しい寓話の一瞬のきらめきの中に永遠を見い出して、
泣いてしまうものなのでしょうね。






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『バーフバリ 伝説誕生』 [読書・映画感想]

皆さま、こんにちは。

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わたしの友人がある日、自分が全く知らないスタンプ使っていて
「これなに?」
って訊いたら、
「バーフバリだよ」
と答えてくれました。

なんでもすごい面白い映画だと教えてくれたのです。
彼女はオールナイトでこれを見たのだとか…。す、すごいわw

以前、彼女から『オスマン帝国外伝』を教えてもらったのですが、
情報のアンテナの位置がわたしなんかより100メートルほど高く、
なんでもいち早くそれを伝えてくれる彼女は、私にとっては非常に大切な人なんです。

本当はオスマン帝国外伝の続きを見ようと思っていたのですが、
いや、その前になんとしても彼女のオススメの「バーフバリ」を観なくてはならぬ。

ちょっと前、検索してHULUで「バーフバリ 伝説誕生』はあると確認していたのです。
他にも、この「伝説誕生」の後半部分とでもいうべき、『王の凱旋』というのも
いつか見たいと思っています。ま、そのうちやるやろ。

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あらすじは、
場所はインドです。

これは一種の英雄伝説でして、
古代(だと思うけど)マヒシュマティ王国には、跡目騒動が起きるのです。
王子サマがふたりいまして
一国を収めるのにふさわしい資質をより備えているほうに、
次の王様を決めようとするのですが。
いけない企みがあるんですねぇ。

まぁ、かいつまんで言うといい王子と悪い王子がいて、
いい王子は悪い王子の悪だくみによって、王国を追い出されてしまう。
しかし、いい王子は帰って来るんですよ。

ざっというとそういう話ですね。

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こういう英雄譚みたいな話は、あらすじを描いても仕方ないことが多いと思うの。

結局、映画の醍醐味は映像です。

どれだけかっこいい映像がそこに描かれているか、それを見るのよね。

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この映画は、冒頭はこんなところインドにあるんだぁっていうくらい
ものすごく高低差ある大きな滝から始まるんですね。

その滝を見て、「ああ、いいなぁ」って思う。
ロケーションの良さがひとつ、

そして、人物がかっこいいよね。

バーフバリを演じている人も、ライバルの人も
資質的にはどっちも互換可能だなって思うくらい、似ている。
実際、インド人の顔はおんなじに見えるんで
見てる途中で「はれ、これはどっち?」ってよく思った。

二人とも長身で、マッチョで、男前(インド的に、だけど)。
向こうの人はマッチョでも手足が長くて、手首足首が細いから、
フツーにかっこいいです。


それに、キレキレのアクション。
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そいでもって、最後は戦闘シーンがあるんですが、
結構丁寧に陣形を取る解説が加えられているのですね。

わたしみたいに、ド素人が戦闘シーン書くときは
本当に苦労するんだけど、これは「おお!」って感じで
大変参考になるんだよね。

重装歩兵がどういうディフェンスをとるのか、っていいうのは、
昔、ブラピが「トロイ」でやっていたけど、それをもっと丁寧に
映像で解説している感じかなぁ。

それに弓兵、回々砲みたいな武器も出て来る。

結構そこらへんは普通ダレるもんだけど、面白かった。

いや、この映画はインド映画だし、そもそも長いんですよ。
で、リラックスして何回も何回も見るのがオツな映画なんだと思う。

それにこういうインドなどの特定の地域の映画というのは、
そこの宗教観や慣習がさりげなく表現されていて面白かった。

バーフバリは石で作ったシヴァの神様を担ぎあげるシーンがあるんですけど、
それがいわゆる「リンガ」なんで、ちょっとそれが面白いなぁって思ったりするんですよね。
映画を見ながら、「日本の道祖神信仰って、やっぱインドのシヴァ起源なのかなぁ」と
ついつい妄想してますね…。

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最後見終わったら、なんとなく自分がバーフバリになった感じで

♪ バリバリバリ、バーフバリ!

 ジャイ! マヒシュマティ!

とかつぶやいているから、我ながら可笑しい。





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民衆に迎合しない教皇  『ヤング・ポープ THE YOUNG POPE』 [読書・映画感想]

皆さま、こんにちは。

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先日、あの超二枚目俳優のジュード・ロウが、初めてドラマの主人公、
それも、な、なんと教皇になるというすごい作品を見ました。

この作品、すごく難しいんですよ。
見ていて一対どんな人を視聴者として想定して作った作品なのかなぁって、頭ひねりました。
聖職者か、聖書学者か、インテリか…。(わたしはその中のどれとも違いますけど)
とてもじゃないけですけど、キリスト教にはほとんど馴染みのない人、
いや、同じキリスト教徒であってもローマン・カトリックではない人は
最後まで見通すことが難しいんじゃないかなって思いました。

筋だって、あってなきがごとしみたいな、山場や盛り上がりもないしね。

ただ、ジュード・ロウが妙に美しい。
今まで、いろんな役をやってきた彼だけど、
これほどまでに彼の美貌が引き立てられた作品って
ないんじゃないかなって正直思いました。

というのも、もともと本来の美貌っていうのもあるとは思うんですが、
やはり、彼自身の渾身の演技力がものを言っていると思うんですよね。

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また、背景や描写が非常に美しいんですよ。
ロケ地がヴァチカンだけあって、さらりとカメラに収められた背景は
お宝の宝庫です。

それに単なるエンタメ・ドラマとは全く逆のアプローチで
真面目にカトリックとは、真の信仰とは何かと考察しているんです。

これまで「教皇の日曜日」などローマ教皇を取り扱った作品もあったけれど、
それは遠回しにローマ・カトリックを小ばかにしているところがありました。
だけど、これは違います。




話はですね、
まぁ、これは事実ではなく全部フィクションです。

コンクラーベが行われるのです。
そして、選ばれたのはなんとなんと、
非常にハンサムで、史上最年少のアメリカ人だったのです。

なぜ、彼が選ばれたのか…。
それは、ヴァチカンの保守派と改革派の折り合いが上手くいかず、
とりあえず、妥協案としてどちらの勢力にも属さない、傀儡としての存在が欲しかった。

それならば、まだまだ若くて、しかもアメリカ人ならよかろう、ってことで
ジュード・ロウが選ばれたのです。
イケメンだから、たとえ傀儡の無能な教皇であっても、いや、そうだからこそ
法皇グッズも飛ぶように売れて、
大いにヴァチカンの財源を潤してくれるだろうとも期待していたのですね。

こんないきさつがあり、
これまでの教皇のスタッフたちは、この若輩のアメリカ人なら
いともたやすく御すことができるはずだと高を括っていました。

ですが、ですが、そうは問屋は降ろしませんでした。

新教皇はピウス13世と名乗ります。
彼は民衆の前に出て、顔を見せながらスピーチすることをまず拒否します。
もちろん教皇の肖像を民衆の前に出すことも拒否。
写真や録画することも禁止。

時代を逆行するような同性愛も禁じ、中絶も禁じるのですね。
スタッフ同士のなれ合いも禁じます。


ヴァチカンは一種の緊張した空気に包まれました。

教皇が民衆の前に出なくなることで、民衆のヴァチカン離れは甚だしく、
これではローマ・カトリックには未来はないのではないかとまで思えるのです。


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ですが、ピウス13世はいいます。
「もし存続だけを願っているのだとしたら、なんと愚かなことだ。
 それだけの存在なら、早くほろんだほうがましだ」

こうやって、ピウス13世はどの人間にも、その胸の中にかたいしこりのようなものを
残すのですね。
しかしそのしこりは、
やがてひとりの人間に「深くものを考えさせる」という動機になっていくのです。


このシーンを見て、ブッダとダイバダッタの対立を思い出しました。
ダイバダッタはブッダの高弟でしたが、組織の運営にたけていました。
「先生、この教団を世界一のものにしてみせますぜ」
と息巻いて師にいったところ、師であるブッダは悲しい顔をしながら首を横に振りました。
「集団が巨大になると、腐敗していく」

本当は信仰を支えあうためだけの同士なのに、
いつしか教団だけが独り歩きし、
運営費だ、なんだとお金がかかって
本当に大事な魂の救済がなおざりにされるのです。

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ピウス13世ははじめアンチ・クリストのような人間なんだと
彼を選んだことを皆に後悔させました。

しかし、よくよく考えてみれば、信仰とはなにか、神の愛とはなにか、を
誰よりも考えていたのはこの年若いアメリカ人の教皇なのですね。

ピウス13世は、母親が子供を甘やかすような説教は一切しませんでした。
これまでの教皇がしてきたように心地よい説教というものは
結局のところ、心に残らないのですね。

結果的に人々は神から離れていく。

そして安直な奇跡も否定します。

昔、日本にもイエズス会の宣教師がたくさんやってきました。

その中でも有名なフロイスはポルトガル人でしたが、
イタリア人のヴァリニャーノは、ルネッサンス的な合理的精神の持ち主でした。
ヴァリニャーノはフロイスが金色の光に包まれた夕焼けや、梅雨に一時晴れ上がった空を見て、
「奇跡だ、これは瑞兆だ、これかそが神の恩寵だ」
とおおげさに騒ぎ立てるのを軽蔑していました。

劇中でも、聖痕(スティグマータ)がある羊飼いと、
多くの不治の病の子供を癒して18歳で死んだグァテマラの少女という
ふたりの人物が出て来るのですが、
それらの奇跡をなかなか教皇は認めようとしません。

教皇はそういう物理的な奇跡より、
各々の人の中に起こる心境の変化こそが
内なる奇跡なのではないかと思っているフシがあるのです。

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ヴァチカンに長年勤める聖職者ならだれでも経験する
「神の不在」というものをピウス13世も体験しました。
若い頃の燃えるような信仰心はどこかへ行って、
「神はいないのではないか」という虚無感に駆られるのですね。

こういう神の不在というのは、かの有名なマザー・テレサも長年苦しんでいた症状なのです。

そんなフロイスの言うように、人は祈れば簡単に神に通じて
瑞兆が見られるなんてことはほとんどありません。


まぁ、そういったことをピウス13世は、シニカルに、またある時にはファンキーに
周りの人間に訴え、理解させていくのです。

また中絶の問題に対しても、世の中のフェミニズム団体がどんなに反対して
「これはヴァチカンの後退だ」とデモをしたとしても、
こういうのです。
「よくよく、根源に戻って考えて欲しい。
 中絶というのは、そもそもどんな場合であれ、それは命の抹殺だ、
 それをヴァチカンが認めるわけにはいかないのだ」と。


ヴァチカンが認めなかった時代の人間は、中絶をするということに
罪悪感を抱き、それを一生後悔しながら、償っていくものものなのだ。

だがもし、ヴァチカンがそれを「やむなし」として認めてしまったなら、
人間は贖罪の気持ちすら抱かない―。

などなどなど…。

結構、見ているだけで頭を使ってしまう、難しいドラマでした。
罰を受けて償ったとしても、罪は罪として依然としてそこに存在する。
罪は消えることはない―。

人はどうしたって罪を犯してしまう存在です。
でも、20世紀に入ってヴァチカンはあまりにも世間に迎合しすぎてきたと
ピウス13世は考えたのです。

ヴァチカンは罪を犯した人間に「大丈夫だよ」と気休めをいう存在であってはいけない。
やはり人々の良心を揺るがすような存在であらねばならない。

そうでなければ、人はやすやすと悪に手を染めるようになるものだ、と。
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現世利益とは真逆の価値観。
誰にでも楽しめる作品ではないけれど、
それでも「考えてみたい」と思う方にはいいかもしれないです。


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ある感慨 [ひとつの考察]

かなり古い話になってしまいますが、
一年ぐらい前?におしどり夫婦として超有名な芸能人の夫婦が
壮絶なバトルをして、離婚した事件(事件って言っていいのかどうか)がありましたね。

こういうと、「あー、あの人かな」ってピキーンと来るかなと思うのですが、
まぁ、わたしが実際そのexご夫婦に関わったわけでもないので、名前はあえて伏せます。
別にこの方を糾弾するのが、このトピの趣旨でもないので。

夫婦って一方的だどっちかが完全に悪くてどっちかが完全に正しいみたいなことって
実は(まあ、DVなどを除いて)ないんだろうと思うんですよね。

一般的に旦那さんや奥さんが、最後の一線を踏み外して、不倫をするっていうのは、
そこまでに至らせてしまった一方のこれまでの夫婦の在り方にも問題があったろうな
っていうのは常々思うんですよね。



で、なんで今、こういうことを書くかっていうと、
どういうわけかyoutubeの動画が、「木村藤子」さんのサイトにたどりついたんですよ。

わたし、普段はまったくテレビみない人間なんで、
たま~にこの木村さんの名前は小耳にはさんだ程度だったんですが、
ゲストがこの有名な夫婦の奥さんのほうだったんです。
ちょっと興味があってこの動画を最後まで全部みました。

そして、この録画は今からおよそ6・7年前のものだったんですね。
そこで、木村さんが
「あなたのその性格は右か左で、振れ幅が大きすぎる。そういう両極端なところを治さないと
 今に離婚するハメになる」

この意味するところはおそらく、妻として悋気ばっかりじゃなく、
もっと寛容な気持ちで接しないと
旦那さんはいずれ、しんどすぎてつきあってられなくなるっていう
意味なんじゃないかなぁって思うんですよ。

ただわたしはこの動画を見ただけでは、
別にこの女優さんばかりが悪いとも思わなかっただろうと思うけど、
別れ際のあのすさまじいバトルは、彼女がそれまで良妻賢母の誉れがなまじ高かっただけに、
本当にはたから見ていても青天の霹靂のようにも思われ、
実に見苦しいものだったと言わざるを得ないなぁと思ったの。

まぁ、いろんなことが原因で別れるにせよ、
一時期は本当に愛し合っていたんでしょ?どうして、自分のブログに「〇〇さんは大きらいです」とか
なんでああいう風に一方的に自分の言い分ばっかりをyoutubeにUPしたりするのか。
なんだか非常に子供っぽくて幼稚ですよ。

こんなことを世間に向かって書く必要があるのかなって思うんですよね。
夫婦間のことなんて、内輪で弁護士挟んでやるべきことを粛々とやればいいだけのこと。


別れても、相手の幸せを祈るとか、相手の社会的立場を守るという
美徳はどこへ行った?って思うんですよ。
マスコミを味方につけて、元ご夫君をやり込めようと思ったのかもしれないけど、
結局大騒ぎして名を貶めたのは女優さんのほうでしょう。

いや、離婚するときは双方心底うんざりしているものだと思うけど、
分別のある大人としてもっと理性的にふるまう必要があると思うんですよね。

しかし、実際はそうじゃなかった。

おそらく奥さんは精神的なDV妻だったといえるかなと思います。
これは目に見えない形の分だけ余計に厄介だと思います。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

わたしがなんでこういうことを言うかっていうと、
まぁ、わたしの近い身内にこういう人がいたからです。
あんまり詳しくいうと、自分の不幸自慢にみたいになって、
却って嫌味になるからあんまり言わないけど、

女優の奥さんも、自分の身内も
おそらく「自己愛性人格障害」なんだろうなって確信しています。
自分ばっかりが可愛いのね。全く自分のこれまでしてきた行いを反省しない。
全部、全部自分に起こった都合の悪いことは人のせい。

あの、木村藤子さんにカウンセリング受ける時に
切々と「主人の身体が心配なんです」って言ってたセリフ。
あれは、仕事をやらせたくないんだろうなって思ったのよね、見てる方は。

うちの身内と口調が一緒。
なんか芝居がかっているっていうかねぇ、ものすごく「いいひと」を演じているように思える。
そうやって、いいひとを演じている自分に酔っているんだと私には思われるんです。

わたしは身内に対して「いや、でもきっといつかはわかってくれる」と思って接してきましたが、
こういうボーダーの人って、説得しようとして説得しきれるもんじゃないんですよね。

だって絶対に自分が正しいと信じ込んでいるんだもん。
いつも「でも、だって」の応酬なんですよ。
人の価値観は平気で踏みつけにしておいて、
どうして自分の価値観ばかりがまかり通ると思っているのだろう。



女優の元奥さんのほうも世間じゃ、「掃除の達人」と知られ、本まで出していましたが、
旦那さんの部屋に押し入って、だんなさんの大事にしていたDVDを全部捨てちゃって
自分好みの部屋に替えちゃったっていうのを読んで「ああ、なんてそっくり」って思いました。

うちの身内も、一番大事なのは「人の気持ち」じゃなくて「自分の気持ち」なんですよ。
どんな大事なものも、どんなにひとめに触れられたくないと思っていたものでも、
勝手に暴いて勝手に処分して、本当にひどかった。
そして「ああ、きれいになった。わたしって本当にきれい好き」って悦に入っているんですよねぇ。

今から思えば、本当に嫌な気持ちにさせる、エキセントリックな人でした。






まぁ、これ以上言うと愚痴になるからやめておいて、

だから、旦那さんのほうは大変だったけれど、離婚して正解だったと思うのです。
そして、また新しい幸せ、自己の充実を希求していってほしいと思います。
昨日のトピでも「身内なんかナンボのもんじゃい」って書きましたが、
血縁なんていざとなると、ほんとうに頼りにならないものです。

遠くの親戚より、近くの友人です。
そしてこういうご縁を結べたすべてのことに感謝したいと思います。
また、このご縁を長く続かせるために、自己の確立も大事なことですよね。
ムダに人に依存しない。
助けてもらったときは、深く感謝する。




だから、この歳になると、友達を大事にしていかなければならないなぁと痛感しています。
そしてステキな友人にめぐり合うためには、心境を高めるために自分もできる限り努力して、
人付き合いのスキルや、楽しい話が出来る知識が必要になってくるのですね。






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身内は自分にとってナンボのものか 『リップヴァンウィンクルの花嫁』 [読書・映画感想]

皆さま、こんにちは。

さて、先日こんな本を読了しました。

リップヴァンウィンクルの花嫁
リップヴァンウィンクルの花嫁 (文春文庫)

リップヴァンウィンクルの花嫁 (文春文庫)

  • 作者: 岩井 俊二
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2018/10/06
  • メディア: 文庫



『リップ・ヴァン・ウィンクル』(Rip van Winkle)は、アメリカの小説家ワシントン・アーヴィングによる短編小説、および主人公の名前。(wikipediaより参照)だそうです。

昔、中学校の英語の副読本で読んだような記憶が…。
なんかとりとめのない夢のような話なんですよね。森の中でリップ・ヴァン・ウィンクルがボーリングしていたみたいな箇所しか思い出させないわw

とにかく、ウィキによりますと、この話はいわゆる西洋版浦島太郎なんですね。
犬を連れて狩りに行くと不思議な世界に迷い込んで、帰って来たら、何十年も経っていたという…。
なんかそんな話です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
この小説は、あんまりリップ・ヴァン・ウィンクルそのものがモチーフになっているわけじゃなくて、
後半主人公が付き合う友達が、なんてかちょっと非現実的で風変わりな人だったんですね。

物語のはじめはものすごく、イマドキありそう~みたいな出会いから始まるんですよ。
主人公の七海がネットで婚活をして、その相手ととある箇所で出会うんですね。

まぁ、はじめはどっちもおっかなびっくりで、付き合うんですが
とんとん拍子に話はまとまるんですね。

そして相手がある晩、七海にプロポーズしてくれるんです。

でも、七海は相手に話せない秘密があったんですよ。
まずひとつは今勤めている学校の先生を解雇されたこと。
七海は今、無職なんです。

それと、実家の父親の事業が失敗したのが原因で母親と父親を見限り、
自分より年若い男と駆け落ちしたからなんですね。

なんか、これ夫婦として最大の裏切りだと思うんですよね。
人生なんていつも順風満帆なわけないじゃないですか。
いいときもあれば、悪いときもある。
こういうとき、一緒に力を合わせて頑張るのが夫婦だと思うんですけどね。

結局、両親は離婚してしまうんです。

それはとても言いにくいことだろうけど、やはり相手の男に言うべきだったなと思うんです。
ちょっと酷なようだけど、この時の相手の男の反応の如何で
結婚を白紙にするのもアリだと思うのです。

わたしからしてみれば、両親の行き過ぎた不品行は七海のせいじゃないです。
もしそれを正直に話して、「そんな両親を持つ人間なんてダメだ」っていう男なら
結局結婚しても幸せになれないと思うんですよね。

ですが、七海は無理をする。
なんでも屋に頼んで、両親以外はすべてサクラの結婚式を挙行するんですよ。
体面を取り繕うためだけに。

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七海はなにからなにまでサクラに頼むのです。
こんな寂しい思い、なるべくならしたくないですね。

それでも私は七海のそういう取り繕いたいと思う気持ちわかる気がする。
私が結婚したときはバブルな時代でたくさんの人を呼んだ盛大な式をするのが流行っていました。

わたしは、若い時からたくさんの友達を付き合うのが苦手で
あんまり友達がいなかったから、本当に人数合わせには苦労して
すっごく嫌な思いをいっぱいしました。

こんなことなら、本当に身内だけの式をすればいいんですよ。
でも、当時は「友達が少ないのは恥ずかしいこと」」っていう世間の気運が高まっていて、
まぁ、わたしは未熟だったから、やはりそういう自分を恥ずかしいと思ったものです。

しかし、孤独っていうのは結構実は、充実した時間を自分に与えられるものなのですよ。
結局、勉強するのだって、本を読むのだって、ドラマみているのだって
ひとりじゃなきゃできないことです。
そして自分の内面を充実させて、たまに気の合う友達と一緒におしゃべりするのが
最高だなと思う次第です。

ですが、こうやって七海は嘘に嘘を重ねて、ある日、それがすべて崩壊するときが来ました。

七海の旦那は本当にひどい男で、体のいいセックスつきの女中が欲しかっただけなんですよ。
なんか精力絶倫の男で、七海の身体の調子なんかぜんぜん気にせずに、自分がやりたいようにやる。
そのあと、コトが終わったあと、必ずプロテイン飲料を飲んで、自分が今、
放出したたんぱく質を補充した描写は本当にいやぁあな感じで、自己中心的な男だなぁってゾッとしました。

結婚に焦るのはわかるけど、結婚は誰でもいいわけじゃないです。
やはり、男女とも最後に求めるのは、ルックスでも年収でもなく、相手の人間性ですよね。
それを見誤ってはいけないのです。

だから、逆をいえば、七海の秘密は、相手の男の人間性を試すリトマス試験紙のような
役割をしていたともいえると思うんですよね。
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七海は何もかも失って、ひとり安いホテルで寝泊まりをしていました。

そういうとき、サクラを集めてくれた会社の安室という男から
(ちなみにこの男の名前はどうやら偽名で『安室行桝(アムロ、行きます)』なんだよね)
仕事の話が入るのです。

そうやって、たどり着いた先の世界が、リップ・ヴァン・ウィンクルの世界…。

まぁ、ここからは、ジェット・コースター・ノヴェルの神髄を味わってほしいなと思います。

この映画は実は映画されていたらしいです。
主演はまたまた、黒木華さんです。
売れてますね、黒木さん。

映画と合わせてみるも、またヨシだと思います。



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身体なまってます…。 [雑文]

この夏、どこへも行かずに家にこもっていたら、
体力が減退していた。

昨日大坂へ行って帰って来たら、なんかめっちゃ疲れていたw

今日は疲れ切って、文章をしっかり書くことができませんでした~。

ああ、こんなことではダメだわぁ。
身体鍛えなくちゃ~。ううう




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大人のおとぎ話 『Little Red Riding Hood』 [読書・映画感想]

皆さま、こんにちは。

今日は『Little Red Riding Hood』すなわち、『赤ずきんちゃん』のお話をしたいと思います。
それも大人のおとぎ話になった赤ずきんちゃんのお話です。

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この映画、正直にいいまして、そんなに面白くない。
予算も大してかかってなさそうだし、
話もな~んていうか説得力にイマイチ欠けているかなぁっていう感じだけど、
ひとつだけ、ものすごく買えるところがある。

それはね、主役のアマンダ・セイフライドがめっちゃくちゃ可愛いところです。


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それもただ可愛いじゃなくて、「本当のフェア・レディ(金髪碧眼の美人)」とはどういうものであるかってことを教えてくれるのです。

この話はおばあちゃん、お母さん、赤ずきんちゃんの女性三世代が出て来るという設定なのですね。
だから、おばあちゃんもおかあさんも金髪なんですよ。

でわたし、それまでアマンダが天然の金髪なのかどうか考えたこともなかったんだけど、
お母さんと一緒に並んでいる画像を見て、確信しました。
「この人、本当の金髪碧眼やわ」って。

というのも、知識として「本当の金髪というのは、色素の強い髪と比べて
格段に髪の毛が細くて、量が多い」ということなんですね。

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(この画像をみると、髪の毛がふわっと広がっているんで、髪の毛が日に透けて、まるで光のベールをまとっているように見えるのがわかりますか? これがホンモノの金髪の力ですねぇ)

アマンダと並ぶとお母さん役の女優さんの髪の毛がものすごく太く硬く見えるんです。
アマンダの髪は金髪の中でも「ペイジー・ブランド」っていう色目なんだそうですが、
もう、本当に櫛ですいた時は絹糸が流れるようで、
かつ、髪の毛が風で乱れているときは、空気がけぶっているような感じなんですよ。
細いんで髪の毛の一本一本が空気をはらむ含有量が断然他のものと違うっていうかね。
そして、ホンモノしかみることのできない独特の色目とか質感とか光沢いうのがありますね。

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やはり、金髪の人は色素が全体的に薄いから、眼の色も薄いし、肌も真っ白です。
アマンダを見てると、おでこの生え際ぐらいから色の白さが伝わって来るんですよ。

肝心の話はまぁ、大人っぽくまとめたらこんなもんかって感じですね。

ネタバレしちゃうと本当に面白くないので、これくらいにしといて、
ヘアダイした金髪と天然の金髪はこれだけも違うんだっていいうのを自分の目で実感したい人には
オススメの一本かな。

なかなか、われわれ東洋人には西洋人の髪の毛事情って理解しがたいものがあると思うので。
そういう意味では勉強になる映画です。

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人間って弱いもの [雑文]

皆さま、こんにちは。

昨日、今日といいお天気が続いていますね!

行楽シーズンの到来です。

京都もいつにもまして、観光客でにぎわっているような気がします。

ところが…わたしは、夏のクーラーにあたりすぎて膝の調子がぐっと悪くなってから、
(サイアクの状態より、かなり軽減しましたが)
心の調子のほうまで悪くなっているなぁと感じています。

今まで膝が痛いなどと思ったことがありませんでしたが、
膝を痛めると、かがんだりする動作がイチイチ痛いんですね。

さっきも、花壇を夏の草を引き抜き、秋用に華やかな色のジュリアンを受け付けていたのですが、
こういうほんのちょっとした動作でも、ぴきーんと頭に響く。
そうなると、心はいっぺんでゆーうつになるんですよ。

人間って不遜だなぁと思います。
身体が自由自在に動いてるときはそのありがたさに感謝しないんですから~。

身体が衰えると、心まで病んでしまうのが人間のサガなのだなぁと
自分がこうなってみて初めて分かることですね。

まぁ、それでも、少しずつ膝痛軽減体操などして、
努力したいと思いますが…。

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