純粋に趣味 [雑文]

皆さま、こんにちは~、
今日はさっぶいですね~。
師走なのに、一月下旬並みの寒さなのだそうです。


さて、今回はちょっとだけ、ディープなお話をしようかな~~と思っています。

書くべきかどうか、かなり悩んでいたんだけどね~。
















































































さて、
私、結構悩んできたことがあるんですよね。

私ねぇ、実ははっきりと「これがずっと好きでした!」っていうものがないのよ。
結構熱しやすく冷めやすいタイプというか~。


私ね、自分からなんかやってみようと思って本格的にやり出したのが、
長男が大学に入ってからなのよね。


それまで金も暇もなかったというか、
暇があっても、何かを習う金がない。


仕方がないので、その間は図書館で本を借りて読んでおりましたね。


ま、本を読むのだけは、これまでの人生を通じて欠かさない習慣かもしれない。



で、ですけどね~

私、あるとき物語が書きたくなったのよね。
で、最初できたものを誰かに読んでもらいたかったのよね~。

だけどさ、素人が最初に描いたものなんて、ぶっちゃけ読めるような代物じゃないのよね。

で、まぁ、それでもぼちぼちではあるけど、続けていたんです。
ここにもUPしてたりしてさ、

だけどこういうところに載せたとしても、的確な批評はもらえないわけよ。
当然だけど、みんな素人だから。


で、私はある時から、自分の書いたものをプロの方にお金を払って
文章を添削してもらったり、物語の構成の良し悪しを分析してもらうようになったんです。

お金払っている以上、みなさんそれなりにきちんとした文章のプロだし、
的外れな批評なんか皆無なんだよね~。


私は自分の小説なんか、お遊びで書いていると思っています。
プロになんか今更なろうとも思っていません。
これはね、才能がないからそういうふうにいいわけしてるんだろう、見苦しいと
読んだ方は思われるかもしれないけど、

もうね、作家も旬っていうものがあって、
わたしみたいな古い人間は、新しい時代の人の話は書けないんだよね。
それはわかっているのよ。


ただ、自分個人として作品の質を高めていきたいなと思うのね。

やっぱ、文章って難しい。だからこそやりがいがあるんだけど。
ま、でも自分だけで書いていて自己完結しちゃうと、どうしても自分に甘くなるんだよね。

それで一年に一度、どこかの公募に応募してます。

大きな大賞だったら、一次を通るのも難しいといわれています。
だからね、一次に通るだけでもいいのよ。


その努力を自分で認めてあげたいと最近は思うようになったかな。

面白いことに、私はどうしてもジャンルが定まらないんだよね。

結構、あっちこっちに手を着けています。
というのも、興味の対象がそのときどきで移るからで、
結局、自分の興味の持てないテーマは書けないということなのよね。

今は歴女でもないのに、歴史ものを書いています。

時代はちょうど、大坂夏の陣を挟んだ江戸の初期ですので、
そのときの世相を掴もうと思うと、案外難しい。

大河ドラマも、時代考証はきちんとしているけれども、
それを鵜呑みはできないところもあるんだよね、映像だから嘘もあるというか。


だから、絵画資料としてその当時描かれたものを見るんだけど、
これが結構難しいよね~。
なかなか素人の手に余るというか…。


あっちこっち旅もしました。やっぱり実際に事件が起こった場所に行ってみるのも大事だよね。


本もめっちゃ買いました。図録が多いので、結構お金かかったかな。
趣味なのに、こんなにお金かけていいのだろうか、と思うけど、
自分の興味あるものを調べて、それをもとにお話を作るって
結構高等なお遊びだよなと自分で納得しています。

娘には「どうしてプロになろうとしないんだ!」って
しょっちゅう言われていたんだけど、
それって私にしたら重たいことなんだよね。

仕事になったら、楽しくなくなるじゃないの。


私は、ものすご~く内向的な人間なので、
別に自分の作品をたくさんの人に読んでもらって、
「すご~い、素敵です」とか賛辞を貰わなくてもいいかなって思ってます。

っていうか、そういう自分ではどうにもならないことを他人に期待していると
自分のやっていることが空しくなってしまうんだよね。

自分が一番に楽しむ、自分が納得できる文章にする、


劇中の人物同士が、敵対しあったり、喧嘩したりしますね。
それは、どんな人間にも自分なりの大儀というか、正義があるからなんですよ。

他人から見て悪人と思われる人でも、当の本人からみたら、相手のほうが悪人に思えてしまう、
それはその人の世界観が他人と違うからなんだな~と思います。


小説を書くということは、神のような視座をもって、俯瞰的に見ること、
つまり、自分自身の分析にもなることだな、と思いながら書いています。



現実世界は、案外辻褄の合わないことが多いのだけれど、
物語の世界は整合性が求められます。

だから、時代劇で実在して人物の行動を描く場合、
その意味づけを考えるの。

たいてい意味不明の出来事をやらかして、謎な部分が多いんだけれど、
それをどう料理するか、それが小説を書く醍醐味かもしれないですね。

小説を書こうと決めて、資料集めや、プランを練っている時、実際に書き始めたとき、
そして推敲しているとき、

どの段階もそれなりに辛くて、早く終わらせたいと思ってドキドキしていたりするんだけど、
終わっちゃうと、なんだか寂しくなってまた書きたいな~とか思ってしまう。

不思議ですね。





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