残酷な神が支配する  [読書・映画感想]

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みなさま、今日は台風が通過します。

なんとなく外は不気味な灰色をしていて、空気も生ぬるい。
なるべく被害が最小限でありますようにと祈らずにはいられないですね。

さて、先日萩尾望都先生の『残酷な神が支配する』10巻を大人買いしました。
やはり、10冊もあるとkindleで読むのが大変便利です。

ただ、kindle化するのもいろいろ方法があるらしく、
冊子になった漫画を全部バラバラにしてスキャンする方法と
かなり面倒ですが、原稿を直接スキャンする方法があるとのことです。

私は、以前amazon unlimitedで 竹宮恵子先生の『アンドロメダ・ストーリー』を読んだのですが、
実際の原稿とは、実際の色付き原稿とはこんなに美しいものなのかと感動して覚えがあります。

ですが、この『残酷な神』はどうも冊子からスキャンされたらしく、あまりよい状態で
読めるわけではありませんでした。しかも、カラーページも再現されていないし。

少女漫画に大きな影響を与えた、これほどまでに素晴らしい作品の電子書籍化をするにあたり、
こんなチープな方法を取られたのが残念でなりません。

ぜひ、もう一度、原稿からスキャンしてもらいたいものだな、と思います。

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わたしは小学生の頃から萩尾望都先生のマンガを読み続けてきました。
ですが、ちょうど結婚して妊娠出産を経た10年ほどは、一切漫画は読まなかったのですね。

どうもそのころにこの漫画は執筆されたらしく、今日まで読むことがありませんでした。
わたしにすれば、萩尾望都先生といえば、「ポーの一族」とか「トーマの心臓」といった耽美的で繊細な描写がすぐ頭に浮かぶのですが、
今回は全く違うアプローチにびっくりしました。

まぁ、この作品はBLと言えばいえるのかもしれませんが、
竹宮先生の『風木』は美しいフィクションであり、その中に『児童虐待』というアイテムも含まれるって感じがしますが、

この「残酷な神」のほうは、フィクションの形をとって「児童虐待」とか「崩壊家庭」の真実を描いているような気がしました。

ですから、非常に起承転結もあいまいで、こういうファンクションをしたから、次はこうなる、みたいな劇的な転換がないのですね、現実世界のように。

いつまでたっても、核心には触れることの出来ないもどかしさ、っていうものが読んでいてよくわかります。

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話の発端はこんなふうに始まります。
アメリカの東海岸に父親のいない、母親と息子が住んでいました。
母親のサンドラ、息子はジェルミといいました。
母親のサンドラは最初からシングルマザーなわけではありません。
きちんと結婚して息子のジェルミをもうけたのですが、その父親が8歳のとき、亡くなったのです。

このとき、ジェルミは16歳。少女と見まごうような美少年でした。
なんとなく、造形的に若い時のヒュー・ダンシーがやればぴったりって読んでいて思いましたね。
サンドラの年齢ははっきり書かれていませんが、たぶん30代の半ばというところでしょうか。
容姿はいつまでも美少女の面影を残した金髪美人だったのです。

そんな二人の前に、晴天のへきれきというべきか英国紳士の典型のような立派な男性が現れ、サンドラに「ぜひ、後妻に」とプロポーズするのです。

この結婚にジェルミは喜びました。なぜならサンドラは自分の道は自分で切り開くといったような、精力的な人間ではなく、常に誰かの庇護下にあって守ってもらいたいと望むようなそんなはかなげで感受性の強い女性だったからなのです。


で、ここまではいいんですよ。
で、そのサンドラの婚約者のグレッグ・ローランドが突然、義理の息子にあたるジェルミに「性的な関係」を迫ってくるのです。

もちろん、16歳のジェルミはまだ子供と大人の葉境にいますから、興味はありつつ、未経験でした。ましてや男色なんて迫られてびっくりです。それもこれから自分の母親と結婚しようとしている人物に!


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ジェルミはもちろん、最初は断りました。すると、グレッグはサンドラとの婚約を解消したのですね。すると母親のサンドラは絶望のあまり、自殺未遂をしてしまいました。

ここでジェルミの進退は極まってしまいます。
感受性が強くて、か弱い母親を守るためには、自分は犠牲にならなければならないのだと。


そんな窮地の中でも,なんとかしてジェルミは、故郷のボストンからイギリスのロンドンへ行かないように、いろいろと工作するのですが、海千山千のグレッグは難なくそれを突破してしまいます。

そして、義理の父親以外しることのない密室での虐待は4か月以上続くのです。
ここら辺は、ドライで突き放した描写にすさまじく迫力があって、「これがあの、ポーの一族のエドガーを書いていた人と同じ人なのか」と疑うくらいでしたが、このころ萩尾先生は40代の絶頂期だったのかもしれないです。こういう暴力シーンって描くのが非常に難しいと思うのだけれど、ずーっとクールにテンションが一定っていうのが、もう、信じられないくらいです。

で、ジェルミはだんだんと自分の人格が壊れていくのです。でも切り札は常にグレッグに握られていて「いうことを聞かなければ、おまえのおふくろはどうなるかわかっているのか」とすごまれると、お屋敷から逃げ出すこともできなくなるのですね。


ですが、とうとうジェルミはグレッグを殺すことを決断するのです。用意周到に、人に気づかれることなく、ゆっくりと…。

ですが、巻き添えを食らって、母親のサンドラまで死んでしまった。

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まぁ、ここまでがジェルミの話なのですね。
いわゆる家族崩壊の話なのですが、実はグレッグには前妻の間に息子が二人いまして、
ひとりがこの物語のもうひとりの主人公の「イアン」なのです。

イアンはまるでアポロンのような美青年で、しかも非常に聡明で出来がよく、父親のグレッグに溺愛されてきた人間なのです。
イアンは自分の父親はあらゆる面ですばらしい人間だと尊敬していたのですが、その父親がいかに残虐な人間であったのかをジェルミの口から、そして残されたサンドラの日記や父親の虐待の道具や写真などから否応なく知らされていくのです。

ここからのイアンとジェルミの葛藤がすさまじくて、読んでいるのが辛く、何回も中断してしまうのですね。

イアンは根は善良な青年ですから、なんとか解決の糸口を見つけようとせっかちに、ジェルミの傷ついた心の中に無遠慮に入って、「あれしろ、これしろ」と居丈高に命令口調です。

でも、こんな大きな心の傷はそう簡単には直りません。
ジェルミは傷つきすぎて、もはや満身創痍。どこが痛い、ここが痛い、と指さして傷口を示せるような段階じゃないんですよ。
全身が火であぶられているように、痛い。だが生きていくためにはその痛みを無視しなければならない。

もはや、心と身体が連動していないのですね。


でも、そうやってイアンがジェルミにいろんなことを強制しているうちに、なんというか、身体を支配する、された というまた間違った方向に進展していくのです。

結局、優秀だ、年より大人だといってもイアンだって所詮は、ジェルミより2歳年長なだけの「子供」に過ぎないんですよ。彼だって、十分に父親や自殺してしまった母親から傷つけられているのです。でもそのことに自覚がないから、いつまでたっても二人の関係はよくならない。

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こういった感じで話は、何度も何度ももどかしいかんじでとん挫してしまうのですね。

最後はかなり哀しい「真実」をふたりとも認めなければならなかった。そうやってそれを受け止められた時、初めてこのしんどい体験を乗り越えられたのですね。

いや、だけど、元通りというわけにはいかない。
傷を抱えながら、なんとか生きていく方法を見つけていく、というかなりシビアな終わり方です。

萩尾先生はこの作品を執筆するにあたり、そうとうな数の心理学の本を読んでおられただろうと思います。それほどに人間の中では、「親子関係」っていうのは難しいものなのだということです。

そして、すべての元凶であるグレッグさえも、そういった親子関係の悪の連鎖の犠牲者であったというふうに作品にほのめかされています。


なんてか、生きていくのは本当に難しい…。
読後感はさわやかではありませんが、深い作品でした。




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Yui

sadafusaさま

ついに読まれたのですね。「残酷な神が支配する」を。
これって性虐待を受けたあと、どう生きていくかの答えのない軌跡だよね。若い時、竹宮先生は萩尾先生にものすごく嫉妬を感じていたというけど、この作品は「風と木の詩」のオマージュだよね。後発だからジェルミは死なないでずっと生を目指して苦しみながら生きていく。「神=義父」が死んだ後もそれに支配される。まさしく性虐待の罪深さがここにあると思います。
日本の少女漫画は少女への性虐待を描くにはタブーがありましたが、それに塞がれることなく、前向きに向き合ってきました。
萩尾先生と竹下先生の切磋琢磨が今のBoysも含めた少女漫画の活性にエネルギーを与えたと思います。
by Yui (2018-09-30 16:58) 

sadafusa

Yuiさま

竹宮先生の『風木』はどっちかというと不条理というテーマで、『嵐が丘』のように文学していたような気がするんですよね。でももってうっとりするような抒情性がところどころにあるような気がするんです。でもってドラマティックだしね。最後、金髪の男の子が死ぬところも悲しかった。

だけど、萩尾先生のこれは本当に壮絶な現実って感じですよね。

社会的に成功した男、グレッグ・ローランドがまともに地に立っているためにはジェルミっていう犠牲が必要なのだという。

なんかもう自分に苦痛を与えた当の本人はとっくの昔に死んでしまっているのに、なんでジェルミとイアンは結局、同じ地獄をみなければならないのか。イアンはどうしてもグレッグの立場に立ち、ジェルミはどうしてもやられてしまう側なんですね。

また、イアンとジェルミほどのケースじゃないけど、ナディアとマージョリーとかエレックとバレンタインみたいな似たような抑圧されたきょうだいたちがでてくるのも意味深でした。

たとえば、ここでうやむやにすることもできるんですよね。表面的には穏やかになるでしょう。
でも、もし、イアンやジェルミが結婚して家庭を持ったら、グレッグのような悲劇が起こってしまう。
ここに、聖虐待の悪の連鎖の怖さがあると思うのです。

だから、自分にされたことをはっきりと文字にして具体化して、客観的に見つめることができるようにならなければならないのです。


by sadafusa (2018-09-30 18:32) 

Yui

いよいよ台風が訪れて凄い風の音です。
たしかに竹宮先生の風木は叙情的ですよね。時代も時代だし。
萩尾先生のはまさしく現実としてそんな目にあったらどうするか。
どうサバイブしていけばいいのか。それを問うた作品ですよね。

後半には確かに家族の歪んだ愛と虐待の問題が、周辺でも浮上し、彼らはどうすれば生き延びられるのか。読者も苦痛なほどです。

この次にこのテーマを描く人がいるとしたら次世代連鎖の問題でしょうね。どうやって断ち切るか。それとも共生していくのか。

by Yui (2018-09-30 22:24) 

sadafusa

そうそう、竹宮先生のは「なんてかわいそう、なんて悲劇なんだ」と泣いてその涙で心が浄化されるような、そんなリリシズムがあるんですね。

萩尾先生はエドガーのようなあんなリリックな少年を産み出した人なのにもかかわらず、この作品にはそういう抒情性など全くないです。
夫がこの絵をみて「まるで内側から青い炎が燃え盛っているようで、怖い絵だね」といいました。本当にそうだと思います。
イアンには半分グレッグの魂が受け継がれていて、グレッグと同じくジェルミを抑圧させようとする半面、母親のリリヤの魂がそれを阻止しているような気がするんです。

途中で「愛とはなんだ?」と必死になってイアンが答えを求めています。ジェルミはもうとっくに愛されるなんてことを諦めていて、「そんなのはそっちの都合にしかすぎない」「自分をいいひとだと思いたいから愛なんてことばを使うんだ」みたいなことを言うんですね。

そして最後に母親のサンドラが息子が自分の夫に性的虐待を受けていることを知りつつ助けようとしなかったということまで、納得しなければならないその悲劇。

でも、これ以上は堕ちることが出来ないっていうぐらい深い奈落の底に沈んで初めて人間は水面に向かって浮上することができるんですね。

作品はジェルミとイアンが水面までいきつくまでを描いていません。
なんでっていって、そう簡単に解決できないんです。時間がかかるんです。

>次世代連鎖
そうです。性虐待じゃなくても虐待されてその後遺症が子々孫々まで続いている業の深い家って結構知ってますよ。
でも、誰かがそれを突き破らなければならないのですね。
by sadafusa (2018-09-30 23:16) 

Yui

サンドラは罪深いよね。どこかでわかっているのに目を瞑り聴こえないようになってしまっている。
こういう人がいると犯罪が生まれるんです。
グレッグ自身も性虐待を受けて育った感じですよね。抜け出したくても抜け出せない。ずーっと後遺症が残る。
軍隊とか教会とか学校とかこういうタイプの人に言えない虐待が連鎖していくところだよね。
その最も大きな温床は「家庭」なわけですが。
by Yui (2018-10-01 19:58) 

sadafusa

そうそう、わたしもサンドラが一番罪深いと思う。

Yuiさまも坊ちゃんお持ちだからわかると思うけど、子供ってしゃべらなくても、日ごろからよく観察すれば「ん?なんかあったのかな」ってわかるもの。

だからね、「どうしたの、ジェルミ。どんなことでも受け止めるわ、話してちょうだい」って言って、グレッグのプロポーズを断れば、こんな悲劇は起こらなかった。
でもサンドラは、結局息子より、自分の幸せが一番大事な人なんですよ。たぶんグレッグが現れるまでにもサンドラはジェルミに我慢させて、自分はわがままし放題だったと思う。
ここらへんが『トーマの心臓』のエーリクの母親のマリエに似ているような気が。中学生のとき、「ヨーロッパの母親はいつまでも女なんだなぁ~」って思った。
たぶん、萩尾先生は母親になりきれない甘ったれた女を描きたかったにちがいないと思うな。

ヨーロッパにだっていくらでも、身持ちが固くて、頑張って子育てして一生を終わった「お母さん」なんていくらでもいるはずだもんね。
by sadafusa (2018-10-01 22:15) 

Yui

私がこの話はフィクションなんだなとほっとしたのは、実はサンドラとイアンなんですよ。サンドラは二人の義理の息子ができるのにもっと違和感を持つべき。イアンは母親そっくりの継母ができるのにものすごく惹かれるか反発するかするはずです。

ジェルミとグレッグに関しては、“残酷”そのものなんだけどね。
by Yui (2018-10-01 22:39) 

sadafusa

ああ、そうですね。Yuiさまはご主人と継母さまとの葛藤を傍にいてつぶさに見ていらしたから、この話のそういうリアルじゃない部分がわかってしまうのね。確かに、たしかに。

イアンが父親の事情をしらなくても、「なんでもこうも、似たようなタイプばかりなんだ。おれのおふくろは親父にとって唯一無二の存在じゃなかったのかよ」って絶対に反抗して、サンドラを憎んで無視するものね。

まぁ、そこまで描くと話が複雑すぎるからあえてそこらへんはカットのしたのかもしれないけど…。

なんにせよ、非常に興味深い作品でした。教えていただいて本当に感謝してます。
わたし、本当に恵まれていますよね。
by sadafusa (2018-10-02 00:27) 

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