境界の旅人4 [境界の旅人]



 常磐井はそのあと何事もなかったかのように、のっそりと自分の席へと向かっていたが、さっきから固まったように突っ立っている由利のところまで来ると、ふっと足を止めた。
「おい、そこの背の高い彼女」
「え、え? あ、あたしのことですか?」
「決まってんじゃん。ねぇ、あんた以外に背の高い人、他にいないっしょ?」
「あ・・・」
 辛辣な常磐井の口の利き方に由利は再びうつむいた。
「な、あんた。どうしてオレがこうやって話しかけてんのに、人の顔をちゃんと見ようとしないのよ?」
 由利はそう言われると、おずおずと顔を半分だけ上げて相手を見た。
「そりゃあさ、もちろんいじめる側が悪いは悪いに決まっちゃいるけどよぉ。だけどあんたもいけないっていっちゃ、いけないんだぜ。どうしてそんなにウジウジ自信なさげに背を丸めてるの? な、ああいうヤツラに隙を見せちゃいけないんだよ。いじめる奴らってのは、人の弱みを嗅ぎ当てるのが天才的にうまい。実際それがその人にとって本当に長所か短所かは別にしてな」
 そのことばを聞くと由利はハッとなって、相手の顔を見つめた。常磐井も由利の瞳をしばらくの間じっと見つめると、ふっと表情を緩めた。
「あんたさ、見たとこ、スタイルよさげじゃん。もっとすっと背を伸ばして。オレみたいによ。もっと自信をもって堂々としてろや、な?」
 常磐井はそう言い残して、また来た時のように大股で自分の席へと戻っていった。

 激動のホームルームが終わると美月は由利のところへ近づいて来た。
「大丈夫だった? 小野さん」
「うん、ありがとう。でもまぁ、ああいうことって今までにも結構あったし。だけど最後びっくり」
「ああ、常磐井君ね。あたしもびっくりした」
 美月もそれには同意した。
「うん・・・彼のおかげで助かったのはたしかだけど・・・でもなんか・・・見た目もやることも派手な人だったね」
「だけどさぁ、スカッと爽快だったよ。あんな中二病のチビが、ネチネチ言いがかりつけてきてさぁ。みっともないったらないわ。それにしてもすごかったね。常磐井君、机が」
「そう、あれってそうとう固いはずだよ。あんなことってある?」
 信じられないと言った面持ちで由利がつぶやいた。
「だけど割れてた!」
 そういうと、クスクスとふたりとも顔を見合わせて笑った。
「ね、小野さん、これからあたしのこと、美月って呼んで。加藤さんなんて呼ばれるとなんか他人行儀で」
「じゃあ、あたしは由利ね」
 またふたりはにっこり微笑みあった。呼び方を変えただけなのにふたりの距離はぐっと縮まった。

「でも自業自得ね。ハメ外して調子に乗るからああいうことになんのよ」
 美月は当然と言った顔をした。
「でも、ちょっとハメを外したにしては、可哀そうすぎるくらいの制裁だったんじゃないかな?」
「何言ってんの、由利。あなた、いじめられた当事者だよ? 何事もはじめが肝心。ああいう手合いにはあれくらいきびしいので丁度いいのよ」
 美月も可愛らしい見かけによらず、結構手厳しかった。
「ね、由利のおうちはどこ? あたしはね、二条城の近くなんだ」
「へぇ、二条城?」
「行ったことない?」
「うん、まだね」
「じゃあ、今度一緒に行こう。あたしが案内したげる。で、由利のおうちはどこらへんなの?」
「えっと、あたしは堀川を下がって今出川まで行った辺りかな」
「ああ、西陣織会館があるところね! あたしのお母さん、あそこで着付けの先生してんの」
「へぇ~、着付けの先生? 美月のお母さんってすごいね」
「ううん、そうでもないよ。だってあたしんち、着物の会社だからさ、これも販売促進活動の一環かな」
「でも、改めて考えてみればそうだよねぇ、あたしたちが着物着る機会って言ったら、成人式ぐらいしかないもんね」
「でしょ? やっぱり自分で着られないってところに和服の限界があるのよ。やっぱりそういった意味でも和装業界も努力しないとね」
 そういいながら、下足箱にたどり着くと、由利は靴を履き替えた。見れば美月は何やらスニーカーのひもをごそごそいじっている。
「あ、美月。あたし外出たところで待ってるね」
「うん、お願い! ゴメン。何だかスニーカーのひもが緩いのよ。直したらすぐに行くから!」
「いいよ、いいよ。気にしないでゆっくり直してきて。あたしは大丈夫だし」
 由利が外に出て、玄関から校庭を眺めた。すでに桜の季節も過ぎ、あたりの木々は柔らかな黄緑色の新緑に覆われていた。清々しい気持ちでゆっくり腕をのぼしながら、もう一度辺りを見渡すと、校門近くのすずかけの木の下にひとりの小柄な男子生徒が佇んでいるのを見かけた。
 どこかで見たことのある顔のような気がして、じっと彼の顔に目を注いだ。
「!」
 相手も由利が自分のことに気が付いたことを悟って、すぐに視線をこっちのほうに向けて来た。わずかだが、その瞳の中にはいわく言いがたい敵意がにじんでいた。
「なんで・・・?」
 由利の顔がみるみるうちに青ざめて行った。
「あれは・・・三郎?」
 由利は信じられないといった口調でつぶやいた。
「どうしてあの子が? あの子もここの高校の生徒だっていうの?」
 ちょうどそのとき、美月が由利のもとへやって来た。
「お待たせ~。ごめんね、待った?」
「う、ううん」
「どうしたの、由利? 顔が真っ青よ」
「ううん、何でもないの。大丈夫」
 もう一度由利が視点をもとの場所へと戻すと、三郎の姿はかき消されたようにいなくなっていた。





読者のみなさまへ

この小説はフィクションですが、京都案内という意味を兼ねまして、一般の方々がご利用できるお店や場所・地名などは一部実名で書かせていただいております。一方、由利や美月の通う「桃園高校」および、宗教団体等はすべて架空です。そしてこの作品に出てくる宗教的概念もすべてフィクションであることを予めご了承ください。


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