冷えた心にひとつの情念 『霧(ウラル)』 [読書・映画感想]

最近、サボって読書感想文描いてこなかったわぁ。

くだらない愚痴ばっかり書いていてさぁ。

でも、本を読まない日というのは、ほぼないです。

さて、今回ご紹介したいと思うのはこの本です!ジャン!

『霧(ウラル)』

霧 (小学館文庫)

霧 (小学館文庫)

  • 作者: 桜木紫乃
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2018/11/16
  • メディア: Kindle版



このタイトル、気になりますね…。
霧と書いて、「ウラル」と読ませる。
このウラルというのは、いわゆる「ウラル・アルタイ語族」のウラルでしょうか?
とするとウラル山脈というのは、霧山脈という意味だったのかな?


日本ってごくごく当たり前に使っている言葉でも
意外と知らないで外国の言葉使っていることあるんですよね。
例えば、「イクラ」と「明太子」
イクラってロシア語らしいですよ。
それも鮭の卵じゃなくて、魚の卵ならすべて「イクラ」
明太子はもうちょっと複雑で、朝鮮渡りなのは明らかなのですが、
でも、ルーツを探っていくと、ロシアでも「ミンタイ」と呼ぶらしいので、
ロシア→中国→朝鮮→日本へと伝わったんじゃないかという話です。

あ~、また、言葉の迷路にハマってしまった!

~~~~~~~~~~~~~
さて、本筋に行きましょう。

私ね、以前から書いているように、桜木紫乃さんって好きなのね。
なんでかっていうと、彼女の地の文がものすごく、美しいから。
特に情景描写で登場人物の心象風景を表現することが非常にうまい。
でね、桜木さんのお書きになる人物っていうのは、
感情がめったに高揚したり、沈んで悲しんだりしない
冷めた人が多いのね。

普通、人って「もっと幸せになりたい」っていう欲ってもんがあると思うの。
ところが、桜木作品の大抵のヒロインは、ものすごく美しくて、
しかも才能も気骨もあるくせに、それを発揮することなく
さらなる幸せの追求をすることがない。

それって「己の分際を知」っているから、慎んでいるっていうのとも
ちょっと違うと思うし、そこらへんが、いまいち私にはわからないところなんですねぇ。

彼女の創作した人物の心持ちっていうのを想像していると、
なんかいつも必ず、『嵐が丘』のヒースクリフを思い出すのね。
あの人もなんか不可解な人じゃん?




彼女の書く小説の舞台はそのほとんどが北海道、
それも小樽とか函館とか札幌みたいな拓かれたところじゃなくて、
いつも舞台は釧路あたりの道東なんだよね。
今回の舞台は根室ですよ。

根室半島から見ると、あらら、北方四島が目の前に!
こんな目と鼻の先が外国っていうのも、不思議な気持ちになるもんです。

おそらく、北海道に住んでいる人だって、こんな根室とか釧路みたいな
遠いところへ行ったことない人もすくなくないんじゃないんじゃないかなぁと
思いながら読んでいました。

根室ってとんでもないど田舎なんじゃないかと思ったりするんですが、
(行ったことないから実際、どうかはわからないのですが)
意外と海とヤクザって切り離せないものらしいです。

だってさ、魚って別にオリに入れられて飼われているわけでもないから、
「これは日本の海で取りました」って取っているところを見られさえしなきゃ
言い張れるじゃない?
それにさ、ロシア人はおそらく昆布なんか食べないから、日本人に売りつけたほうが
利益になったりするじゃない?

そういうね、国交が正常化していないのに、闇で取引されるものって意外と多いものらしいのね。
マグロ漁船に乗り込む人だって、あんまり過去を詮索しないものらしいよ。
だから、世の中からはみ出した前科者なんかも多いって聞くし。

とにかく、銀座なんかの一流のお店で、おいしい食材だったらどんに高くても
買います!っていう需要がある限り、こういう商売は廃れないってことよね。



さて、時代は昭和30年代の中頃。
根室を牛耳る河之辺水産の社長には娘が3人いた。

長女の智鶴、次女の珠生(たまき)、三女の早苗。

でヒロインは次女の珠生。
この人は親に反発して、15の時、地元の根室で
芸者になるんすよ。

私だったら、そんな親が住んでいるところの目と鼻の先で
しかもそんなしょぼい花街なんかで芸者しないで、
もっと東京の新橋あたりで修行したいなと思うんだけど、
しかし、珠生はそうしない。

まぁ、それで20歳のとき、闇稼業の男、
相羽重之(あいばしげゆき)のことが好きになる。

でねぇ、これ、夫が言うには、高倉健が演じたらピッタリだったっていうの。
でももう、おなくなりになっているし、
私だったら、そうだなぁ、舘ひろしかなぁ、
でも舘ひろしさんもステキだけど、もうかなりお年だしね、
今だったら、案外玉木宏でもいいかもしれない。

ぱっとみ、彼もしゃべらないクールな男を演じられるような気がする。

で、ヒロイン珠生の方なんだけど、思いつくとしたら、
夏目雅子以外にはいないような気がするんだよね。
絶世の美女だし、今の女にはない、芯の強いものをもっているじゃない?
いつもはひっそりとしていても、いざとなったら、啖呵を切れるような凄みがある女性。

あ、若い時の岩下志麻でもいいかもしれない、そういう意味では。


組の親分の肩代わりにムショに入る前の晩に、
珠生と相羽は野付半島へと車で向かう。
車の中で、相羽は自分の生い立ちを語ってくれた。
戦争でソ連軍が攻めてくるまでは国後島に住んでいたのだと。
だけど、追手から逃れて船で逃げようとした時、大波にさらわれて、
相羽以外の家族全員は失ってしまったのだと。


珠生は、そこで決心をする。
この人から離れない、と。

小説の中では、一度も『愛している」みたいな甘い睦言を交わすシーンなんてないんですよね。

相羽は裏稼業をしている人間らしく、籍を入れて妻となった珠生でさえも
打ち明けれられない秘密をいくつもいくつも抱えている。
しかも、自分以外に女もたくさん囲っていることも知っている。
でも、彼女は夫がその女たちの中から自分を妻に選んでくれた、
その気持だけを頼りに生きているんですね。

あるとき、ヒロイン珠生が、相羽とその愛人にばったり鉢合わせするシーンがあるんですが、
それが圧巻です。







 珠生は過去いちばん気遣いを込めたお辞儀をした。喜楽楼の玄関での見送りでも、こんなに心を込めたことはない。己をおとしめないためにする挨拶だった。心を込めて頭を下げなくては挨拶のあの字にもならない。下げた頭の隅に、自分という女の輪郭が浮かび上がった。


「お出かけのところに、あいすみません。相羽珠生と申します。主人が大変お世話になっております。近所に用足しに参りましたところ、うっかりお宅の前を通りかかりました。夕どきに無粋なことで、お許しください」




すごいねぇ~。いくらヤクザの親分でも、自分の妻にこんなふうに言われちゃったら、ぐうの音も出ないわ。ヒロインは惚れた男に邪魔な女、無粋な女、足手まといな女と思われなくないんでしょうね。まぁ、こんな気位の高さこそが、男が惚れる要因なんだと思うけど。

で、もともと親の敷いたレールに乗るのが嫌で、芸者になった珠生は、夫が愛人やら妾を増やすたんびに夫に嫉妬して泣きわめいたりしないかわりに、金で買える着物とか宝石とか買うようになる。それも生家の人間が着るようなお上品なものでは決してなく、かと言ってかつて芸者をしていた粋筋のスタイルでもなく、それはまぎれもなくヤクザの姐さんスタイルになっていくんだけど。

だけど、姉が地元の有力者でかつ国会議員に出馬しようとする男と結婚するあたりになると、だんだんと雲行きが怪しくなるんです。
姉が言うには、相羽は国会議員になるための資金を裏稼業で稼いでいるらしいとのこと。

二重三重にくるまれた嘘。
その嘘の中でも、毅然として生きていこうとするヒロインの姿には
心動かされるものがあります。

決してヒロインの夫、ヤクザの相羽は優しくないんですよ。
それでも、その中でひとつ、ふたつ、ちょっとでも優しい言葉をかけられると
珠生はそれを一生の宝として、心の支えとして生きていこうと思うのですね。

しかし、姉の夫が国会議員に当選した直後、
裏稼業をしていた相羽は、口封じのために何者かに殺されてしまう…。

さめざめとした愁嘆場もなく、淡々と葬式をこなすヒロイン。

やっぱり、『鬼龍院花子の生涯』でヒロインを演じた夏目雅子のような人が
演じるのがいいなと思いました。


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