息子というもの [雑文]
みなさま、こんにちは。
日に日に寒さが増して…と思いきや、フェイントをかけて
生ぬるい日が来たりして、それで却ってお風邪を引いちゃった人も多いと思います、
が、
いかがお過ごしでございましょうか…
ということで、今日はちょっと息子、に対して日頃つらつらと
考えているところを述べようと、ま、このように思うわけでございますね。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、わたしと息子の出会いはかれこれ四半世紀前のことでございます。
息子というものは、母親にとってかなり厄介なものと断言しておこう。
彼は私が30歳のとき、生まれた子である。
上は娘だったので、彼は二番目の子だった。
娘は生まれたときから女だが、息子はそうじゃない。
息子は生まれた時は、天使だった。
私も息子が生まれる前は、絶対に女の子のほうがいいと思っていた。
たしかに女の子は大きくなって母親の話相手にもなってくれるし、
にぎやかだからいいのだけれど、
息子の可愛さというのは、そういう「〇〇が〇〇だから」という理由はない。
ただ、ただ、カワイイのである、無性に可愛いものなのである。
男の子というのは、自分から生まれた人間であるけど、
自分とはまた、全く違った興味や関心をもつ存在として
母親を引き付けてやまないものなのかもしれない。
うちの息子は小さい頃は本当に神経質というか、デリケートで
手のかかる子だった。
10歳をすぎるようになると、
わりとキツイこともいうし、母親に自分の領域を絶対に跨がせないという意味で、
結構白黒はっきりしていたけど、
高校生になっても、なにかあったら、わたしの蒲団に入り込んでシクシク泣いているという、
よそ様にはとても言えないような甘えたことをしてきて
それがちょっぴり、母親にしてみれば、うれしいような困ったようなだったのだが
大学に入ったときに、そういうのがぴったりなくなって、
すごくドライな青年になってしまった。
社会人になって、東京に移り住んで、今はひとり暮らしで、かれこれ3年になるけど、
私も夫も一度として、彼の住居へ訪ねたこともない。
実に淡々としたものである。
それに帰省するのが、正月ぐらい、あとは関西に出張があったとき、
顔をみせるだけで、年に二回もあえばいいほうだろうか。
そうなのだ、こんなに自分の人間として一番成長できるはずの
この時期に、すべてを子供たちを育てることに使ったんだなぁと忸怩たる思い…。
いや、決して、子供を育てたということは無駄なことだとか
人生の浪費というつもりはない。
だが、子供を育てるということは、手間も暇も金もかかることだったと思う。
しかも、決して見返りを要求してはならないことなのだ。
私は、彼がこの先、直面する諸問題について、心配はするけど、
おそらく、それを口にはしないだろうし、介入もしないと思うのだ。
彼自身の問題は彼が解決すべきものであって、母親が無駄に介入すると
こじれることばかりだろうと思う。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
この間、トルコから青年が来たことを先日書いた。
彼の家族は、弟がロシア人の彼女と年明けにアメリカへ移住することに決まっていて、
そしてお父さんは仕事の関係で、年の大半をモンテネグロで過ごしているという。
そして、今度は彼が、就労ビザの申請が無事に通過して
日本へ来ることへ決まったら、
トルコのマルマリスに住んでいるお母さんはひとりぼっち。
マルマリスのお母さんは、彼が日本の外資系の一流ホテルの就職試験に通ったことを知って
大泣きしたそうだ。
私が、
「トルコのお母さん、可哀そうね、ひとりぼっちじゃん」
彼のお母さんは、18歳の時、彼を産んだ。
「そうはいっても、ぼくにはぼくの人生がある。ぼくはお母さんのために生きているんじゃない」
と生意気に反論する。
「そりゃあね、理屈から言ったらそうでしょうよ。確かにね。
だけどさ、これから人生の一番美しい時が始まる、まさにそのとき、
アンタが生まれたんだよ。君のお母さんは、その美しい時間を君のために捧げたんだよ。
そういうお母さんの気持ちを汲んで、そういう厳しい、哀しいことを言ったらあかんで」
「じゃあ、どうしろと?」
「それはね、お母さん、ごめんねと謝るしかないでしょ」
「なんでぼくが…?」
「君も父親になったら、お母さんの気持ちがわかるでしょ、今は無理」
まぁ~、息子ってひとりで大きくなったみたいにどの子もどの子もこんな感じ。
だけど、だからこそ、恋愛して、結婚しようという気にもなれるんだと思う。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
こういうふうにちょっとかわいそうな息子のお母さんだが、
わたしには、救いがあった。
それは、娘の夫という存在だ。つまり婿さんですね。
この世で、娘の婿という存在ほど、優しいものはないと思い知りました。
なんせ、大事な大事な嫁さんのご母堂サマなのである。
機嫌を損じることは決して許されない。
婿はイギリスに住んでいるのに、ちょくちょくとお土産を携えて
「お父さん、お母さん、お元気ですか~」
とご機嫌伺いに来る。
きっと、ボケても少なくとも施設には入れる手続きぐらいはしてくれると思う。
一番頼れるのは、他人様の息子だったという、この不思議。
日に日に寒さが増して…と思いきや、フェイントをかけて
生ぬるい日が来たりして、それで却ってお風邪を引いちゃった人も多いと思います、
が、
いかがお過ごしでございましょうか…
ということで、今日はちょっと息子、に対して日頃つらつらと
考えているところを述べようと、ま、このように思うわけでございますね。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、わたしと息子の出会いはかれこれ四半世紀前のことでございます。
息子というものは、母親にとってかなり厄介なものと断言しておこう。
彼は私が30歳のとき、生まれた子である。
上は娘だったので、彼は二番目の子だった。
娘は生まれたときから女だが、息子はそうじゃない。
息子は生まれた時は、天使だった。
私も息子が生まれる前は、絶対に女の子のほうがいいと思っていた。
たしかに女の子は大きくなって母親の話相手にもなってくれるし、
にぎやかだからいいのだけれど、
息子の可愛さというのは、そういう「〇〇が〇〇だから」という理由はない。
ただ、ただ、カワイイのである、無性に可愛いものなのである。
男の子というのは、自分から生まれた人間であるけど、
自分とはまた、全く違った興味や関心をもつ存在として
母親を引き付けてやまないものなのかもしれない。
うちの息子は小さい頃は本当に神経質というか、デリケートで
手のかかる子だった。
10歳をすぎるようになると、
わりとキツイこともいうし、母親に自分の領域を絶対に跨がせないという意味で、
結構白黒はっきりしていたけど、
高校生になっても、なにかあったら、わたしの蒲団に入り込んでシクシク泣いているという、
よそ様にはとても言えないような甘えたことをしてきて
それがちょっぴり、母親にしてみれば、うれしいような困ったようなだったのだが
大学に入ったときに、そういうのがぴったりなくなって、
すごくドライな青年になってしまった。
社会人になって、東京に移り住んで、今はひとり暮らしで、かれこれ3年になるけど、
私も夫も一度として、彼の住居へ訪ねたこともない。
実に淡々としたものである。
それに帰省するのが、正月ぐらい、あとは関西に出張があったとき、
顔をみせるだけで、年に二回もあえばいいほうだろうか。
そうなのだ、こんなに自分の人間として一番成長できるはずの
この時期に、すべてを子供たちを育てることに使ったんだなぁと忸怩たる思い…。
いや、決して、子供を育てたということは無駄なことだとか
人生の浪費というつもりはない。
だが、子供を育てるということは、手間も暇も金もかかることだったと思う。
しかも、決して見返りを要求してはならないことなのだ。
私は、彼がこの先、直面する諸問題について、心配はするけど、
おそらく、それを口にはしないだろうし、介入もしないと思うのだ。
彼自身の問題は彼が解決すべきものであって、母親が無駄に介入すると
こじれることばかりだろうと思う。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
この間、トルコから青年が来たことを先日書いた。
彼の家族は、弟がロシア人の彼女と年明けにアメリカへ移住することに決まっていて、
そしてお父さんは仕事の関係で、年の大半をモンテネグロで過ごしているという。
そして、今度は彼が、就労ビザの申請が無事に通過して
日本へ来ることへ決まったら、
トルコのマルマリスに住んでいるお母さんはひとりぼっち。
マルマリスのお母さんは、彼が日本の外資系の一流ホテルの就職試験に通ったことを知って
大泣きしたそうだ。
私が、
「トルコのお母さん、可哀そうね、ひとりぼっちじゃん」
彼のお母さんは、18歳の時、彼を産んだ。
「そうはいっても、ぼくにはぼくの人生がある。ぼくはお母さんのために生きているんじゃない」
と生意気に反論する。
「そりゃあね、理屈から言ったらそうでしょうよ。確かにね。
だけどさ、これから人生の一番美しい時が始まる、まさにそのとき、
アンタが生まれたんだよ。君のお母さんは、その美しい時間を君のために捧げたんだよ。
そういうお母さんの気持ちを汲んで、そういう厳しい、哀しいことを言ったらあかんで」
「じゃあ、どうしろと?」
「それはね、お母さん、ごめんねと謝るしかないでしょ」
「なんでぼくが…?」
「君も父親になったら、お母さんの気持ちがわかるでしょ、今は無理」
まぁ~、息子ってひとりで大きくなったみたいにどの子もどの子もこんな感じ。
だけど、だからこそ、恋愛して、結婚しようという気にもなれるんだと思う。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
こういうふうにちょっとかわいそうな息子のお母さんだが、
わたしには、救いがあった。
それは、娘の夫という存在だ。つまり婿さんですね。
この世で、娘の婿という存在ほど、優しいものはないと思い知りました。
なんせ、大事な大事な嫁さんのご母堂サマなのである。
機嫌を損じることは決して許されない。
婿はイギリスに住んでいるのに、ちょくちょくとお土産を携えて
「お父さん、お母さん、お元気ですか~」
とご機嫌伺いに来る。
きっと、ボケても少なくとも施設には入れる手続きぐらいはしてくれると思う。
一番頼れるのは、他人様の息子だったという、この不思議。
2018-12-05 22:46
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コメント(4)
息子に依存する母親もいる中、sadaさまは愛情をかけながらも子離れされていてカッコいいと思いました。
息子さんが高校時代に布団に入ってきた微笑ましいエピソードには癒されちゃいました。
いざという時に頼りになるのが娘の婿ってなんとなくわかる気がします。
うちも兄がいますが母は兄より私の彼氏を「優しくて大~好き」と何かにつけ、いつも誉めて頼っています。
そういうのってどこも同じなのかなぁ…。
by ぽっぽちゃん (2018-12-06 06:43)
ぽっぽちゃん
息子と母親の依存って良くないですねぇ。
もうそれはほとんど、「不幸のタネ」ともいえるものだと思いますよ。
うちの母親と兄と見ていても思うモン。
やはり、結婚してもまず第一に「夫ありき」なんだと思います。
一番愛しているのが夫なはずなのに、息子にその愛がスライドしちゃうと、いろいろと大変なことが起きちゃう。
お嫁さんも、自分の大好きな恋人を奪い取った愛人になっちゃうわけだし、そりゃ、憎いわね。
息子も母親ばっかりかばって、お嫁さんをないがしろにすると、お嫁さんは立つ瀬がない。
やっぱり夫婦円満が幸せの秘訣かもね。
そういったわけで、息子に接触するのがためらわれる中、
もう、娘の嫁さんは甘やかそうが、煮っころがしにしようが、
やりたい放題です。
娘も自分の旦那が母親に可愛がられているのを見ても
嫉妬なんかしないしね。(度が過ぎたらやばいとは思うけど)
婿さんは親切ですわ。だあれも言ってくれないような優しいこといってくれるし。
「おかあさん、お元気ですか?」とか
「お母さんが喜んでくれて、ぼくもうれしいです」とかさ。
娘と大喧嘩しても、ひとりで家を訪ねて謝りに来てくれるのも
実は婿さんだったりするしね。
ぽっぽちゃんの彼氏もそりゃ、お母さまが大好きになるの、わかるな。きっといい意味で、茶目っ気のあるかわいい人なんでしょう。
by sadafusa (2018-12-06 08:44)
sadafusa さま、お久しぶりです。
ずっと体調が悪く、仕事と家事を青息吐息でやっておりました。
息子さん、育てあげられて素晴らしいです。
そして素敵なお婿さまも。
我が家はまだ9歳なので、いろいろと手間がかかります。反面まだ甘えん坊なのが可愛いかな。1人で寝るようになったんですが、寝る前におやすみのキスをほっぺたにチュッてしてくれるんですよ。こういうのもあともう数年でしょうね。
by Yui (2018-12-07 15:29)
Yuiさま~~ キャッキャッ
嬉しいです。
前に11月は超忙しいとおっしゃっておられましたので、
多分、本当にお忙しいのだろうなぁと思っておりました。
>体調
今年の夏ほ本当に過酷だったので、わたしもず~っと体調悪いです。
でも、なんだか体調が悪いという方も結構いらっしゃいますよ。
いやいや、息子なんて勝手に大きくなったんですよ。
なんか今から考えたら、台風のようでした。
もうもうもう、わたしもう、あんなにしんどい思いしたくない。
結婚してもいいし、しなくてもいい。
今の世の中複雑だから、「〇〇がいい」なんてこと
言えないし。
そうそう、9歳ぐらいって可愛いの絶頂期ですよ。
思い出だけは自分を裏切らないので、今を大事にしてくださいね。
本当にセミが脱皮するように天使は急に
男になっちゃうのです!
by sadafusa (2018-12-07 19:01)