母と息子の関係  『無垢の領域』 [読書・映画感想]

皆さま、こんにちは。

こないだまで暑い、暑いとふうふう言っていたのに、
今はこんなに寒い。

夫は羽根布団二枚重ねて、寒い寒い、と震えています。


最近、ぼんやりしていることが多いので、なかなか本が読めなかったのですが、
久しぶりに大好きな桜木紫乃さんの『無垢の領域』っていうのを読みました。


無垢の領域 (新潮文庫)

無垢の領域 (新潮文庫)

  • 作者: 桜木 紫乃
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/01/28
  • メディア: 文庫



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桜木さんはわたしが大好きな作家のひとりです。
舞台はたいてい釧路などの近郊の街です。

わたしは、北海道は一度しか行ったことがないのですが、
札幌は結構華やかな都会であっても、
道東といわれる釧路などは、札幌から電車で4時間ほど。

京都・東京間が新幹線で3時間足らずで到着することを思えば、
それが心理的にどんなに遠いところかわかります。

実際に住んだことがないので、わかりませんが、
道東の天候は夏は湿度が高く、冬はカラカラに乾いていて、
しかも、夏と冬の寒暖差がプラスマイナス20度というあたり、
もはや京都に住んでいる私の想像の範疇外にあります。


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劇中には四人の男女が出てきます。


ひとりは釧路で活動している売れない書家秋津龍生。

釧路で書家をやっているってあたりで、
わたしなどはたじろいでしまうのですが、
非常に不遜な言い方で申し訳ないのですが、
そんな田舎で字を書いていても仕方ないだろうと思うんですよね。
やはり東京か、京都に出ないとと。

しかし、桜木さんの作中の人物は芸術家っていうことが多い。

片田舎でも、文化に携わる人はいるのです。

しかしながら、この人は書家としての登竜門である 墨龍会の公募展に
これまで入選すらしていないようなのですね。

私も娘が絵を描いているから、ここら辺の事情っていうのがよく解るのですが、
一応、世の中で「私は画家をしています」とか「書をしています」「彫刻をしています」
というなら、少なくとも一度は何等かの権威ある公募展に出品して、
入賞しなければならないのです。

公募展に入選してから、プロの書家と言えるのですね。
だから、秋津は40歳を過ぎても、まだスタート地点にもついていないのです。

そしてその妻、伶子。
彼女は高校の養護教諭をしているので、
一応、普通の男並みの給料を稼いできます。
そして、家で書と格闘しながら、6年前に倒れた姑(男にとっては実の母親)の面倒を見ている
夫の家計を女ながら一手にサポートしています。

もう、一方の男女は、指定管理者制度のため民間が管理するようになった図書館へ
札幌から赴任してきた男、林原。そしてその恋人の里奈。

やはり、林原も書に関わって来た人間で、彼自身はしないのですが、
祖母と母親が書家でした。
母親は、才能ある書家でしたが、あるとき自分の才能に絶望を感じ
自殺してしまいます。

そしてもうひとり残された、父親違いの娘、純香。
林原も妹の純香も、いわば、母親の私生児なのであって、
父親の顔も知りません。

林原自身は非常に優れた人間なのですが、こういった生い立ちから
自分の人生を前向きに進んでいくことができないのです。

そして、妹の純香はおそらくの自閉症なのだと思います。
彼女は一度みた書をホンモノそっくりにコピーする才能があるのです。
たぶん、頭の中にカメラがあって、パチッとシャッターを切った後、
その画像をいつでも自分の頭の中に再生させることができるのでしょうね。

ですが、彼女は精神年齢は異常に幼く、おそらく抽象思考ができるようになる
「9歳の壁」というのを超えられなかったような気がします。


この二組の男女の間に共通するものは、
寝たきりの母、そしてハンディキャップのある妹がいる、ということです。

こういう重たいものを抱えていると、やはり人間は自分のやりたいようには
生きていけないものなのでしょうねぇ。

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交わるはずのなかったこの二人の男女が、書を通じて、
あるとき、交わるのですね。


図書館長である、林原と秋津の妻の伶子。

この秋津の妻の伶子なのですが、いかにも作者である桜木さんらしい、
造詣で、つかみどころのない、どんなことにも心を動かされることもない
冷めた人物として描写されます。

彼女は実は、夫の秋津と結婚する前、同じ学校で働く同僚と不倫をしていました。
でも、それはその同僚が燃えるような恋をしたわけでもない。
ちょっとした心の隙間を埋めるための単なる情事にすぎないのでしょうね。

桜木さんのこのタイプのキャラクターには、よくあることなのですが、
たぶん、世の中の底というものをつぶさに見て来たため、
彼女は明るい夢を見ないのですね。

そして自分の身のほどというものを、客観的に把握して
世の中に目立たないように生きていくのです。


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このふたりは、一見、どうと言うこともないような、つきあいともいえないような
つきあいをするのですが、

あるとき、林原が伶子にポール・ボウルズ作の『シェルタリング・スカイ』の翻訳本と
映像化された映画を貸すのです。


『シェルタリング・スカイ』ってご存知ですか?



シェルタリング・スカイ (新潮文庫)

シェルタリング・スカイ (新潮文庫)

  • 作者: ポール ボウルズ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1991/01
  • メディア: 文庫






シェルタリング・スカイ [Blu-ray]

シェルタリング・スカイ [Blu-ray]

  • 出版社/メーカー: キングレコード
  • メディア: Blu-ray



もう、本当に一度見ると忘れられないような映画で、
美しいけれどあの絶望的な映像は忘れることは出来ません。
そして、音楽は、坂本龍一が担当しているのですが、
あの、曲の中のちょっとわざと外した音が、
囲われた空の下で生きる夫婦の、息の合わなさっていうものを
象徴しているような気がして、非常に印象的でした。

この『シェルタリング・スカイ』を小道具に使ったのはうまい演出だなぁと思います。


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まぁ、あらすじは非常に複雑で、ここで語ることはしませんが、
印象に残ったのは、

出て来る登場人物のほとんどが
親の犠牲になっている、ということです。

主人公のひとりである秋津もそうです。
彼の母親も地元では結構有名な書家でした。

母親は小さい頃から、書家となるべく育てられたのです。
しかしながら、私からみると、秋津はそこそこの素養というものを持っていたかもしれないけれど、
一人前の書家となるには、才能が足りなかったのです。

そこを母親が自分の我欲で、彼を、彼の人生をがんじがらめにしてしまうのですね。

果ては、おそらく『詐病』という恐ろしい手段を使ってまで、息子を自分のいいなりにさせようとする。
これは、息子を愛しているようで愛していない。
結局は自分のために息子を道具として使っているのです。

他にも、妻の伶子の母親。
彼女も、毒親です。

そして林原兄妹の母親も。
彼女は育児放棄した末に、勝手に自殺してしまう。
当時13歳だった林原の内面にいいようのないダメージが与えられてしまう。

そして、伶子の学校の生徒である沙奈。
彼女も男の子ばかりを溺愛する娘として、いいようのない虐待を受けています。

さらには、秋津の書道教室に通ってきている、母親が画家である少年。
彼も、秋津の母親と同じ、小さい時から画の英才教育を施していたのです。
書道教室も「筆の使い方を覚えるための教育の一環」だったのですね。

そして、彼も小中学生の画のコンクールで入賞。
しかし、彼もわかっていました。この入賞は、画家である母親の力によるものなのだと。
おそらく、自分は画家として大成することはないのだと。

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読んでいてため息が出ます。
なんと、母親と子供って厄介なのだろうと。

子供は自分の生き方を決める権利があります。
それがたとえ、母親である自分の意に沿わないものであっても、
子供は自分とは別の人格であることを知るべきなのです。

いつも思うのですが、桜木さんはきっと
機能不全家族の中で育たれたのではないだろうかと思うのです。

お写真を見ると、とても知的で静かな雰囲気の方ですが、
心の中でどれだけ、どろどろとしたものと葛藤されてきたのでしょうか。

きっと聡明な方だったので、作中の沙奈や令子と同じように、
自分の力だけで生き抜いてこられたのではないでしょうか。

不幸ですが、母親にねじ伏せられていいように操られている男たちより
ある意味、有意義な生き方かもしれません。


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