境界の旅人 40 [境界の旅人]
第11章 跳躍
3
「小山先輩!」
あまりに意外な人物が現れたので、由利は今の危機的状況をいっとき忘れてしまっていた。
どんな力が及んだのかはわからなかったが、三郎は床に転がりビクビクと痙攣していた。
身体の大きな常盤井が失神したせいで、その全体重をかけられた由利は、息が詰まりかけていた。だが小山はそこから引っ張り出してくれた。
「小山さん。常盤井君が……!」
「ああ、あいつに痛めつけられたんだね?」
小山と由利が常盤井の傍に行って様子を見ると、上半身が血まみれになっていた。
「常盤井君、常盤井君!」
「ああ、これは酷いな」
「ああ、どうしよう! 常盤井君が死んじゃう!」
由利は気を失っている常盤井を、意識を取り戻させようとして狂ったように揺すぶった。
「常盤井君! 目を覚まして! ねぇ、お願いよ! 常盤井君!」
「小野さん、あまり彼を揺さぶらないほうがいいよ。あ、それにここはボクに任せてくれるかな? 何かできそうな気がするんだ」
小山は自分の両手をそれぞれ、常盤井が負ったふたつの刀創にかざした。すると手から光が出て、常盤井の患部から出血が収まり、傷口は次第に小さくなり、やがて消失した。
「やっぱりね。ほら、これで一応傷は癒えた。大丈夫。彼は死なないよ。ただかなり血を失っているね」
べっとりと血がついていた常盤井の服も、光に当てられているうちに元通りになっていた。
由利は小山の超人的な行為に、ただただ唖然として見入っていた。
「小山先輩……」
「彼はこのまましばらく、そっと眠らせてやったほうがいい」
「常盤井君……。…ごめんなさい。あたしのせいで……」
いつも生気にあふれていた常盤井の死人のように青ざめた顔を見て、また由利は涙が込み上げてきた。そしてそれまで自分が着ていたダッフルコートを脱ぎ、小山に手伝ってもらいながら、地面に体温が奪われないように上半身を包(くる)んだ。
「小山先輩、どうしてここへ?」
少し気を取り直した由利は小山に訊ねた。
「うん、それがねぇ。自分でもイマイチこの状況を把握できてないんだけど、ふと気が付いたら勝手に飛行機に乗ってしまっていたというか……。どうも、おかしいんだよねぇ。まぁ、でも年が明けたらセンター試験だし、帰るにはちょうどいい頃合いだったかもね」
暢気に笑って小山は自分のことを説明した。
「で、結構夜も遅くに飛行機が関空に着いてねぇ。それからはるかに乗って京都駅まで来たのはいいんだけど、ボクの中にある何かが、なぜか家に帰ることを許してくれないんだよね。で、とりあえず駅前のネットカフェでシャワーを浴びたあと、しばらくそこで休憩していたんだ。だけど日が変わった辺りで今度は東山へ向かえっていう声が聞こえてきてね。こんな夜更けで大雨が降ってるし。ヨーロッパからの長旅で疲れてもいたしね。お願いです、カンベンしてくださいよって感じなんだけど、逆らえないんだよ。ま、それでも結局はタクシーを拾ってここまで来たんだけどね。ふふふ」
小山はさも可笑しそうに、含み笑いをした。
「邪魔だ! 消えろ!」
小山の攻撃から回復したらしく、三郎はふたりの背後に忍び寄って反撃に出ようとした。だが小山は、すかさずグッと右腕を突き出し、三郎の前に手をかざした。
「破ッ!」
三郎の身体は再び、目には見えない大きな力で、宙に高く浮きあがったかと思うと次の瞬間、ドーンと地面に打ち付けられた。
「三郎!」
由利は無我夢中で叫んだ。
「小山先輩! これじゃあ三郎が死んじゃう!」
由利は小山に縋りついて、やめさせようとした。
「小野さん、知ってた? こいつはそもそも肉体を持ってないんだ。思念の力で、自分が生きていたときの形を作って動いているのに過ぎないんだよ。だから物理的な攻めっていうのも、効いてるようで、実はそんなでもない。ただこいつは相当に思い上がっていたみたいだから、今みたいに屈辱的な目に遭わされるのが、何よりこたえているのさ」
いつものごとく小山は、理路整然と由利に説明をした。
「小山先輩、どうしてそんなこと知っているんですか? それにどうやったら今みたいなことができるんですか?」
由利は声を潜めて質問した。
「本当だよね……? どうしてボクはこんなことができるんだろうね?」
小山は答えながらも、自分の身に起きた不可解な現象に驚いているようだった。
「ただし、これだけはわかる。ボクの中でこれまでずっと眠っていたものが、今覚醒しつつあるってのが」
たしかに由利も現に今、別人格の女の魂が身体の中にとどまって、小山の話を由利と一緒に聞いている。では小山の場合も同じなのだろうか。
「じゃあ、小山先輩、何か違う人格が自分の中に存在しているって感じなのですか?」
「どうなんだろう? ボクもこんな体験は初めてだから、具体的にどうこうとは言えないけど……」
だが小山は、急にピンとはじかれたような表情をした。
「…ああ、そうなんだ…。だんだんわかってきたよ」
小山は言った。
「この……、小野さんが三郎と呼んでいる男はね、生きている間は経若と名乗っていた。この経若はね、室町の初め頃を生きた。つまり十四世紀の人間なんだ」
「十四世紀?」
「そう。彼はおよそ七百年近い昔の人間ってことだよね」
「そんな昔の?」
由利は三郎の真実を知って、ことばもなかった。
「うん……。彼自身の両親は、舞で身を立てている賤しい身分の芸人だったんだ。だが経若の母親は、彼を産む前にある皇族に気に入られて、寵を受けていたらしい。それで身ごもって赤子を生んだ」
「じゃあ、今あたしの身体の中にいる女の人って?」
「ああ、その人じゃないかな。魂が重なって見えるから」
今の小山には、いろんなことが透けて見えるようだ。
「経若は、小野さんの中にいる女性とは異父姉弟だった。だけどこの経若の姉に対する愛執の念がすさまじくてね。もはや常軌を逸していた」
「でも父親が違っていたって、一応は姉と弟なんでしょう? じゃあ近親相姦を犯していたってことですか?」
「いや、その女の人は別の男を愛していたんだ。常盤井君が彼女の恋人の生まれ変わりみたいだね。だけど経若は横恋慕していたんだよ。そして死んだあとも煩悩がこの世にとどまり続け、天界に上がって浄化するのを拒否するんだよ」
「どうして?」
「うん。煩悩は言ってみれば人間の欲のことだ。欲って聞くと悪いことだと思われがちだけど、一概にはそうとも言えないんだよ よりよい人間になりたいって欲があるから人間、努力もする。経若はもともと非常に優れた男だったんだけど、それだけに自負心も強くて、なかなか浄化できないんだ。だから一計を案じ、その念の強さを見込んで、経若をこの京都の地場を護る番人に据えた」
「それは一体、誰が?」
由利は小山に訊き返した。
「う~ん。まぁ、この世界を作った何者かじゃない? まぁ、それを俗っぽく神と呼んでもいいけどさ。まぁ、高位の存在とか真理とか秩序ってところなんじゃないかな?」
以前にも由利は、今の説明と似たことを三郎や常盤井の口から聞いたことがあった。
「で、まぁ、経若はこの番人に据えられて、ずっと真面目に務めてきたんだよね。そこには何の問題もなかった。これまではね」
「これまでは?」
「うん。だけどこいつは、小野さんが京都に来てからは尋常でいられなかった」
「どうして?」
「だって小野さんは、シスコンの経若のお姉さんの生まれ変わりじゃない? それなのにキミが経若の目の前に現れたんだ。そしたらもう経若は、とてもじゃないけど正気でいられるわけがない」
「そんな! 覚えてもいない前世のことを言われても…」
「彼もまぁ、一応自分の執着を自覚はしていたみたいなんだ。だけど理性で抑えていても、無意識のうちにその念がこぼれていくんだ。それが実に始末に悪い」
「始末に悪いって…。どうしてなんですか?」
「これまでいろいろと、小野さん自身の周りで、変異があったでしょう? そうじゃない?」
「あ、はい」
「御所の近衛邸で魑魅魍魎どもに絡まれたり、戦後すぐの世界へタイムスリップしたり……。龍道も強い思念とパワーを持つから、経若の持ち続けていた強い情念に感応し、同調してしまって、こんな不思議なことが次々と起きてしまったんだろうな」
「……」
「だがいったん、こんなことが起きてしまうと、経若は時空の番人としての務めをきちんと果たしているとは言えないだろう?」
「…そうですね」
常ににこやかな表情を崩さなかった小山は、ここに来て突然厳しい表情に変わった。
「だがうまくしたもので、秩序は、こんなトラブルを常に想定して、事前にそれを防ぐためのチェック機関を設けていたみたいなんだね」
「それは、一体……?」
「それがこのボクという存在だ」
小山はこともなげに言い切った。そこには迷いが微塵も感じられない。由利は小山が完全に覚醒しているのだと悟った。
「小山先輩が?」
「そう。ボクが発動(はつどう)されたんだ」
「小山先輩が発動された……?」
「ボクは裁定者だ。ボクのような人間は、いつの時代にも、どの場所にも、必ず用意されている。秩序が要請して発動させない限り、ボクは覚醒しないまま一生を終えるはずだった」
そこまで言うと、小山はすっくと立ちあがって、地面に倒れている経若に向かって叫んだ。
「経若! さあ、立て!」
その声は、たしかに小山自身から発せられたものだったが、しかしこれまでとどこか違っていた。小山の声には、どこかで増幅器にでもかけられたかのような金属っぽい音が混じってキンキンと周囲に響き渡った。
経若はもはや観念し、頭を下げて小山の前に立った。
「我が名はヴィグネーシュヴァラ。その意味するところは障害除去である」
小山はそう宣言した。気が付けば小山自身が発光体のように白金に輝いていた。
「我々の授かっている役目は、時空の番人が誤作動した場合、時間と空間を修正することだ」
経若は押し黙ったまま、うなだれている。
「経若よ。汝は本来の時空の番人たる職務を怠り、自らの邪念でこの世の秩序を乱した。そしてそれを修正するどころか、地に眠る臥龍を起こし、結界を鎮護する将軍まで鳴動させた。その罪は重いぞ?」
「はい。承知しております」
「よろしい。汝には理(ことわり)なく過去や未来に介入することは許されていない。だが自らの欲で、現世を生きる人間の運命を捻じ曲げ、あまつさえ生殺与奪の権をふるって、歴史に介入しようとした。この罪、到底許すこと能わず。我々はこれまで幾度となく贖罪の機会を与えてきたはずだ。しかし汝はことごとくそれ撥ねつけてきた。それは一体何ゆえだ?」
「姉上を愛し続けること、それこそがわたくしのこの世にとどまる存在理由です。わたくしが姉上を希求することを止めてしまっては、もはやそれはわたくしとは言えませぬ」
金色に発光するヴィグネーシュヴァラは、それを聞いて激怒した。
「経若! 汝の存在理由だと? 愛欲など、生きている者のみが持ち得る煩悩だ! 一度亡者と成り果てたなら、もはや諦めるしか道はない! これほど長い年月が経っても、まだ悟ろうとせぬか! 愚か者めが!」
「ええ。わたくしはこのまま、愚か者でいとうござりまする」
ヴィグネーシュヴァラには迷いがないらしく、冷厳な面差しで宣告した。
「それでは望みどおりにしてやろう。汝の魂を消滅させることにする」
それまで黙ってふたりのやりとりを見ていた由利の口から、姉の、弟を説得しようとすることばがほとばしり出た。
「経若! み仏に慈悲を乞いなされ。強情を張らず、赦してほしいと頼むのじゃ!」
「姉上、わたくしなんぞの魂のひとつ、ここで消えてしまったからとて、それが一体何でしょう?」
「なぜじゃ、経若? なぜそれほどまでに妾に執着する? まずは浄土に行って憩いなされ。それこそが真の悦楽というものぞ」
必死になって姉上は弟をいさめた。
「わたくしは気が遠くなるような長い、長い時を時空の番人として、たったひとりでこの京都を守って参りました。その間、わたくしはあなたと中将が生まれ変わり死に変わりながら、幾度となく愛し合うのを端から眺めるしか術がなかったのです。ですが姉上、あなたは弟のわたくしが辛い思いを抱えながら血の涙を流していようと、一顧だにされることはなかった……」
「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な! 経若! そなたとの今生の縁は切れたのじゃ、すでに終わってしまったことじゃ。固執してはならぬ、放念せよ」
「憐れな奴…」
ヴィグネーシュヴァラは印を結び、真言を低く唱えた。
そのとたん経若の周りには金色の光が取り囲み、ぐるぐると旋回した。
「うわぁああああ!」
経若は苦しみだし、だんだんと今形を作っている姿が萎びていく。
由利ははじかれたように経若のもとへ駆け寄り、金色に光ってもはや輪郭を留めぬあやふやな形を力の限り抱きしめた。
「いやいやいや! こんなのはイヤッ!」
そして由利はヴィグネーシュヴァラに向かって叫んだ。
「お願い! 三郎を助けてあげて!」
ヴィグネーシュヴァラは由利に言った。
「いや、たったひとつ、ここで終わらせてやることがせめてもの慈悲である」
「違う! じゃあ、あたしも三郎と一緒に苦しみを共にします!」
それを聞いて、ヴィグネーシュヴァラとなった小山は、苦悶の表情を顔に浮かべた。
「だが汝に罪はない」
「いいえ! 三郎の気持ちを知ろうともせず、無関心でいたこと。それこそがあたしの犯した大きな罪です!」
「では汝を失った常盤井はどうするのだ?」
「常盤井君は立派な人よ。きっとわかってくれる……。たとえあたしがいなくても、必ず運命を切り拓き、自分の人生をまっとうできるはず」
どう説得しても由利の意志が固いのを知って、ヴィグネーシュヴァラも決断した。
「経若、感謝するのだな。由利が汝の魂を救った。だが汝のせいで結界を鎮護する者がいなくなった。代わりに汝が鎮護せよ」
「そ、そんな! どうして三郎ばかり辛い責めを負わせるのですか?」
由利は小山に食って掛かった。
「経若の煩悩は往生を遂げるには邪魔なものだが、しかし逆に言えば、これほど強い執着こそが、この土地を魔の手から護るはずだ」
そのときまた、背後から人が現れた。
「あいや、お待ちくだされ、ヴィグネーシュヴァラさま。それがしをお忘れでござりましょうや? あなたさまが万が一のときに、天が用意されたお方なら、この京師の鎮護国家の礎となる者も、いつの世にも用意されているのでござる。今こそ、それがしの出番でござる」
その声を聴いて由利は驚愕した。
「お、おじいちゃん!」
「とうとうそれがしがこの世に生まれて、お役に立てるときが参った」
それは紛れもなく大鎧に身を固めた姿の祖父の辰造だった。
みなさま、こんばんは。
いかがでしたでしょうか?
さて、前回にあと2回で終わる、と言っていましたが、
申し訳ありません。いえ、来週は最終回ではなく、2話、残っていました。
3
「小山先輩!」
あまりに意外な人物が現れたので、由利は今の危機的状況をいっとき忘れてしまっていた。
どんな力が及んだのかはわからなかったが、三郎は床に転がりビクビクと痙攣していた。
身体の大きな常盤井が失神したせいで、その全体重をかけられた由利は、息が詰まりかけていた。だが小山はそこから引っ張り出してくれた。
「小山さん。常盤井君が……!」
「ああ、あいつに痛めつけられたんだね?」
小山と由利が常盤井の傍に行って様子を見ると、上半身が血まみれになっていた。
「常盤井君、常盤井君!」
「ああ、これは酷いな」
「ああ、どうしよう! 常盤井君が死んじゃう!」
由利は気を失っている常盤井を、意識を取り戻させようとして狂ったように揺すぶった。
「常盤井君! 目を覚まして! ねぇ、お願いよ! 常盤井君!」
「小野さん、あまり彼を揺さぶらないほうがいいよ。あ、それにここはボクに任せてくれるかな? 何かできそうな気がするんだ」
小山は自分の両手をそれぞれ、常盤井が負ったふたつの刀創にかざした。すると手から光が出て、常盤井の患部から出血が収まり、傷口は次第に小さくなり、やがて消失した。
「やっぱりね。ほら、これで一応傷は癒えた。大丈夫。彼は死なないよ。ただかなり血を失っているね」
べっとりと血がついていた常盤井の服も、光に当てられているうちに元通りになっていた。
由利は小山の超人的な行為に、ただただ唖然として見入っていた。
「小山先輩……」
「彼はこのまましばらく、そっと眠らせてやったほうがいい」
「常盤井君……。…ごめんなさい。あたしのせいで……」
いつも生気にあふれていた常盤井の死人のように青ざめた顔を見て、また由利は涙が込み上げてきた。そしてそれまで自分が着ていたダッフルコートを脱ぎ、小山に手伝ってもらいながら、地面に体温が奪われないように上半身を包(くる)んだ。
「小山先輩、どうしてここへ?」
少し気を取り直した由利は小山に訊ねた。
「うん、それがねぇ。自分でもイマイチこの状況を把握できてないんだけど、ふと気が付いたら勝手に飛行機に乗ってしまっていたというか……。どうも、おかしいんだよねぇ。まぁ、でも年が明けたらセンター試験だし、帰るにはちょうどいい頃合いだったかもね」
暢気に笑って小山は自分のことを説明した。
「で、結構夜も遅くに飛行機が関空に着いてねぇ。それからはるかに乗って京都駅まで来たのはいいんだけど、ボクの中にある何かが、なぜか家に帰ることを許してくれないんだよね。で、とりあえず駅前のネットカフェでシャワーを浴びたあと、しばらくそこで休憩していたんだ。だけど日が変わった辺りで今度は東山へ向かえっていう声が聞こえてきてね。こんな夜更けで大雨が降ってるし。ヨーロッパからの長旅で疲れてもいたしね。お願いです、カンベンしてくださいよって感じなんだけど、逆らえないんだよ。ま、それでも結局はタクシーを拾ってここまで来たんだけどね。ふふふ」
小山はさも可笑しそうに、含み笑いをした。
「邪魔だ! 消えろ!」
小山の攻撃から回復したらしく、三郎はふたりの背後に忍び寄って反撃に出ようとした。だが小山は、すかさずグッと右腕を突き出し、三郎の前に手をかざした。
「破ッ!」
三郎の身体は再び、目には見えない大きな力で、宙に高く浮きあがったかと思うと次の瞬間、ドーンと地面に打ち付けられた。
「三郎!」
由利は無我夢中で叫んだ。
「小山先輩! これじゃあ三郎が死んじゃう!」
由利は小山に縋りついて、やめさせようとした。
「小野さん、知ってた? こいつはそもそも肉体を持ってないんだ。思念の力で、自分が生きていたときの形を作って動いているのに過ぎないんだよ。だから物理的な攻めっていうのも、効いてるようで、実はそんなでもない。ただこいつは相当に思い上がっていたみたいだから、今みたいに屈辱的な目に遭わされるのが、何よりこたえているのさ」
いつものごとく小山は、理路整然と由利に説明をした。
「小山先輩、どうしてそんなこと知っているんですか? それにどうやったら今みたいなことができるんですか?」
由利は声を潜めて質問した。
「本当だよね……? どうしてボクはこんなことができるんだろうね?」
小山は答えながらも、自分の身に起きた不可解な現象に驚いているようだった。
「ただし、これだけはわかる。ボクの中でこれまでずっと眠っていたものが、今覚醒しつつあるってのが」
たしかに由利も現に今、別人格の女の魂が身体の中にとどまって、小山の話を由利と一緒に聞いている。では小山の場合も同じなのだろうか。
「じゃあ、小山先輩、何か違う人格が自分の中に存在しているって感じなのですか?」
「どうなんだろう? ボクもこんな体験は初めてだから、具体的にどうこうとは言えないけど……」
だが小山は、急にピンとはじかれたような表情をした。
「…ああ、そうなんだ…。だんだんわかってきたよ」
小山は言った。
「この……、小野さんが三郎と呼んでいる男はね、生きている間は経若と名乗っていた。この経若はね、室町の初め頃を生きた。つまり十四世紀の人間なんだ」
「十四世紀?」
「そう。彼はおよそ七百年近い昔の人間ってことだよね」
「そんな昔の?」
由利は三郎の真実を知って、ことばもなかった。
「うん……。彼自身の両親は、舞で身を立てている賤しい身分の芸人だったんだ。だが経若の母親は、彼を産む前にある皇族に気に入られて、寵を受けていたらしい。それで身ごもって赤子を生んだ」
「じゃあ、今あたしの身体の中にいる女の人って?」
「ああ、その人じゃないかな。魂が重なって見えるから」
今の小山には、いろんなことが透けて見えるようだ。
「経若は、小野さんの中にいる女性とは異父姉弟だった。だけどこの経若の姉に対する愛執の念がすさまじくてね。もはや常軌を逸していた」
「でも父親が違っていたって、一応は姉と弟なんでしょう? じゃあ近親相姦を犯していたってことですか?」
「いや、その女の人は別の男を愛していたんだ。常盤井君が彼女の恋人の生まれ変わりみたいだね。だけど経若は横恋慕していたんだよ。そして死んだあとも煩悩がこの世にとどまり続け、天界に上がって浄化するのを拒否するんだよ」
「どうして?」
「うん。煩悩は言ってみれば人間の欲のことだ。欲って聞くと悪いことだと思われがちだけど、一概にはそうとも言えないんだよ よりよい人間になりたいって欲があるから人間、努力もする。経若はもともと非常に優れた男だったんだけど、それだけに自負心も強くて、なかなか浄化できないんだ。だから一計を案じ、その念の強さを見込んで、経若をこの京都の地場を護る番人に据えた」
「それは一体、誰が?」
由利は小山に訊き返した。
「う~ん。まぁ、この世界を作った何者かじゃない? まぁ、それを俗っぽく神と呼んでもいいけどさ。まぁ、高位の存在とか真理とか秩序ってところなんじゃないかな?」
以前にも由利は、今の説明と似たことを三郎や常盤井の口から聞いたことがあった。
「で、まぁ、経若はこの番人に据えられて、ずっと真面目に務めてきたんだよね。そこには何の問題もなかった。これまではね」
「これまでは?」
「うん。だけどこいつは、小野さんが京都に来てからは尋常でいられなかった」
「どうして?」
「だって小野さんは、シスコンの経若のお姉さんの生まれ変わりじゃない? それなのにキミが経若の目の前に現れたんだ。そしたらもう経若は、とてもじゃないけど正気でいられるわけがない」
「そんな! 覚えてもいない前世のことを言われても…」
「彼もまぁ、一応自分の執着を自覚はしていたみたいなんだ。だけど理性で抑えていても、無意識のうちにその念がこぼれていくんだ。それが実に始末に悪い」
「始末に悪いって…。どうしてなんですか?」
「これまでいろいろと、小野さん自身の周りで、変異があったでしょう? そうじゃない?」
「あ、はい」
「御所の近衛邸で魑魅魍魎どもに絡まれたり、戦後すぐの世界へタイムスリップしたり……。龍道も強い思念とパワーを持つから、経若の持ち続けていた強い情念に感応し、同調してしまって、こんな不思議なことが次々と起きてしまったんだろうな」
「……」
「だがいったん、こんなことが起きてしまうと、経若は時空の番人としての務めをきちんと果たしているとは言えないだろう?」
「…そうですね」
常ににこやかな表情を崩さなかった小山は、ここに来て突然厳しい表情に変わった。
「だがうまくしたもので、秩序は、こんなトラブルを常に想定して、事前にそれを防ぐためのチェック機関を設けていたみたいなんだね」
「それは、一体……?」
「それがこのボクという存在だ」
小山はこともなげに言い切った。そこには迷いが微塵も感じられない。由利は小山が完全に覚醒しているのだと悟った。
「小山先輩が?」
「そう。ボクが発動(はつどう)されたんだ」
「小山先輩が発動された……?」
「ボクは裁定者だ。ボクのような人間は、いつの時代にも、どの場所にも、必ず用意されている。秩序が要請して発動させない限り、ボクは覚醒しないまま一生を終えるはずだった」
そこまで言うと、小山はすっくと立ちあがって、地面に倒れている経若に向かって叫んだ。
「経若! さあ、立て!」
その声は、たしかに小山自身から発せられたものだったが、しかしこれまでとどこか違っていた。小山の声には、どこかで増幅器にでもかけられたかのような金属っぽい音が混じってキンキンと周囲に響き渡った。
経若はもはや観念し、頭を下げて小山の前に立った。
「我が名はヴィグネーシュヴァラ。その意味するところは障害除去である」
小山はそう宣言した。気が付けば小山自身が発光体のように白金に輝いていた。
「我々の授かっている役目は、時空の番人が誤作動した場合、時間と空間を修正することだ」
経若は押し黙ったまま、うなだれている。
「経若よ。汝は本来の時空の番人たる職務を怠り、自らの邪念でこの世の秩序を乱した。そしてそれを修正するどころか、地に眠る臥龍を起こし、結界を鎮護する将軍まで鳴動させた。その罪は重いぞ?」
「はい。承知しております」
「よろしい。汝には理(ことわり)なく過去や未来に介入することは許されていない。だが自らの欲で、現世を生きる人間の運命を捻じ曲げ、あまつさえ生殺与奪の権をふるって、歴史に介入しようとした。この罪、到底許すこと能わず。我々はこれまで幾度となく贖罪の機会を与えてきたはずだ。しかし汝はことごとくそれ撥ねつけてきた。それは一体何ゆえだ?」
「姉上を愛し続けること、それこそがわたくしのこの世にとどまる存在理由です。わたくしが姉上を希求することを止めてしまっては、もはやそれはわたくしとは言えませぬ」
金色に発光するヴィグネーシュヴァラは、それを聞いて激怒した。
「経若! 汝の存在理由だと? 愛欲など、生きている者のみが持ち得る煩悩だ! 一度亡者と成り果てたなら、もはや諦めるしか道はない! これほど長い年月が経っても、まだ悟ろうとせぬか! 愚か者めが!」
「ええ。わたくしはこのまま、愚か者でいとうござりまする」
ヴィグネーシュヴァラには迷いがないらしく、冷厳な面差しで宣告した。
「それでは望みどおりにしてやろう。汝の魂を消滅させることにする」
それまで黙ってふたりのやりとりを見ていた由利の口から、姉の、弟を説得しようとすることばがほとばしり出た。
「経若! み仏に慈悲を乞いなされ。強情を張らず、赦してほしいと頼むのじゃ!」
「姉上、わたくしなんぞの魂のひとつ、ここで消えてしまったからとて、それが一体何でしょう?」
「なぜじゃ、経若? なぜそれほどまでに妾に執着する? まずは浄土に行って憩いなされ。それこそが真の悦楽というものぞ」
必死になって姉上は弟をいさめた。
「わたくしは気が遠くなるような長い、長い時を時空の番人として、たったひとりでこの京都を守って参りました。その間、わたくしはあなたと中将が生まれ変わり死に変わりながら、幾度となく愛し合うのを端から眺めるしか術がなかったのです。ですが姉上、あなたは弟のわたくしが辛い思いを抱えながら血の涙を流していようと、一顧だにされることはなかった……」
「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な! 経若! そなたとの今生の縁は切れたのじゃ、すでに終わってしまったことじゃ。固執してはならぬ、放念せよ」
「憐れな奴…」
ヴィグネーシュヴァラは印を結び、真言を低く唱えた。
そのとたん経若の周りには金色の光が取り囲み、ぐるぐると旋回した。
「うわぁああああ!」
経若は苦しみだし、だんだんと今形を作っている姿が萎びていく。
由利ははじかれたように経若のもとへ駆け寄り、金色に光ってもはや輪郭を留めぬあやふやな形を力の限り抱きしめた。
「いやいやいや! こんなのはイヤッ!」
そして由利はヴィグネーシュヴァラに向かって叫んだ。
「お願い! 三郎を助けてあげて!」
ヴィグネーシュヴァラは由利に言った。
「いや、たったひとつ、ここで終わらせてやることがせめてもの慈悲である」
「違う! じゃあ、あたしも三郎と一緒に苦しみを共にします!」
それを聞いて、ヴィグネーシュヴァラとなった小山は、苦悶の表情を顔に浮かべた。
「だが汝に罪はない」
「いいえ! 三郎の気持ちを知ろうともせず、無関心でいたこと。それこそがあたしの犯した大きな罪です!」
「では汝を失った常盤井はどうするのだ?」
「常盤井君は立派な人よ。きっとわかってくれる……。たとえあたしがいなくても、必ず運命を切り拓き、自分の人生をまっとうできるはず」
どう説得しても由利の意志が固いのを知って、ヴィグネーシュヴァラも決断した。
「経若、感謝するのだな。由利が汝の魂を救った。だが汝のせいで結界を鎮護する者がいなくなった。代わりに汝が鎮護せよ」
「そ、そんな! どうして三郎ばかり辛い責めを負わせるのですか?」
由利は小山に食って掛かった。
「経若の煩悩は往生を遂げるには邪魔なものだが、しかし逆に言えば、これほど強い執着こそが、この土地を魔の手から護るはずだ」
そのときまた、背後から人が現れた。
「あいや、お待ちくだされ、ヴィグネーシュヴァラさま。それがしをお忘れでござりましょうや? あなたさまが万が一のときに、天が用意されたお方なら、この京師の鎮護国家の礎となる者も、いつの世にも用意されているのでござる。今こそ、それがしの出番でござる」
その声を聴いて由利は驚愕した。
「お、おじいちゃん!」
「とうとうそれがしがこの世に生まれて、お役に立てるときが参った」
それは紛れもなく大鎧に身を固めた姿の祖父の辰造だった。
みなさま、こんばんは。
いかがでしたでしょうか?
さて、前回にあと2回で終わる、と言っていましたが、
申し訳ありません。いえ、来週は最終回ではなく、2話、残っていました。
2020-01-25 18:37
nice!(3)
コメント(10)
おじいちゃん!Σ(・∀・;) そんな大物だったなんて! そして経若、ああもう、どうして貴方はぁ?( TДT)
一読してこんな状態です、すみません
あと2話なのですね、ずっとこのお話が続いて欲しいけれど、でも結末も早く知りたいでモンモンします?小山先輩はカッコいい ← 最後にコレですみません?
またゆっくり読み返して次回を待ちます。ありがとうございました!
by おかもん (2020-01-25 19:36)
おかもんさま
いつも応援ありがとうございます。
あと残すところ、二回です。
自分が作り出したキャラは、みんな自分の子供なので、可愛いです。
そう言えば、辰造は俳優さんだと誰がいい、という話になって、夫は北大路欽也さんがいい、と言ったのですが、私はちょっと違う気がしてます。
確かタケシが作った映画で、昔、強面のヤクザが歳とってジーさんになって、龍三と七人の子分たち ってタイトルだっけなあ、
藤竜也さんを見て、驚いたんですよね。藤竜也さんて昔はカッコいいけど、怖かったじゃないですか。それがいまじゃ、なんかめっちゃ優しくてかわいいおじーちゃん、になってて。
わたしの中のイメージは、藤竜也さんなんですよね。笑笑
by sadafusa (2020-01-26 12:54)
sadafusaさま、こんばんは。今、サンフランシスコにいます。
まさか小山さんがこんな役割を担っていたなんて。そしておじいちゃんも。このすごいスペタクルが後2回で収束してしまうんですか?信じられないです。
おじいちゃんが藤竜也さんなんですが、それも意外なようなそうでないような。なんかここにきて次元が二つくらいぶっ飛びましたね。
なぜかここにいなければならない理由って、たまにそういうことありますよね。今も、まあ仕事でサンフランシスコにいるのですが、四六時中仕事というわけでもなく、今日はバークレーへ行ってきました。帰ってきたら知己に会って食事したりなんかして、なんでもないんですが、それぞれにきっと役目があるんですよね、きっと。
by Yui (2020-01-28 14:46)
Yuiさま
サンフランシスコですか!
いいなぁ~、からっと乾いていて、レモンとかオレンジが異様においしかったいい思い出しかないです、サンフランシスコって。
>小山さん
最初は、小山さんはまっとうな男子にするつもりだったのですが、
設定を考えているうちに、こうしようと思いついたのです。
小山さんは自分が覚醒していないときは、「なんでこんな風に生まれてきたんだろう?」ってLGBTであることを悩んでいますが、
実は、小山さんは聖天さんの申し子なんですよ。
ヴィグネーシュヴァラって聖天さんの別名です。
聖天は、ご存じだろうけど、聖歓喜天といって、
インドの神でそしてビヤナカの王(障りの神様)でもあるガネーシャがあるとき、そこら中で悪さをしていたのを見て、観音様がメスの像に変身して妻となり、ガネーシャをなだめたのだそうで、
仏像はまぁ、男神と女神が合体していて秘仏なんですよね(実際はあのタントラのようにそのものずばりではなく、抱擁しているだけなんですけど)
だから、聖天さまの申し子である小山さんは身長も180センチあって男子並みのタッパの良さなんですけど、体だけは女性。心は男性。
そういう設定にしました。
もちろん、おじいちゃんも最初からこうするつもりで、設定してあります。どういうからくりでこうなるか、次回を見てくださればわかるかなぁと思います。
はぁ~、長かった!
ですが、ありがたいことにこの作品は26万字ありまして、それを10万字けずって、16万字にスリムダウンしたところで、さる文学賞に応募したのです。
すると、なんとなんと、一次予選に通過したんですよ~。プロの方もたくさん応募されていたようですが、それでも選外になった方もいらっしゃいました。
通過された方のジャンルはほとんど本格的時代劇と、重厚なものが多かったので、なるほど、自分は通過しないなと納得しました。
しかし、二次には通過には至りませんでしたが、それでも現在「すばる」で連載されている作家さんも、ティストが合わなかったらしく、選外になっていらっしゃるのを聞くと、あ~、自分よくやったなぁって思いました。
いや、もう箸にも棒にも掛かからなくても当たり前だと思っていたので、一次通過はうれしかったです。
文学賞に応募してよかったのは、自分の実力を客観的に見てもらえるってことです。少し自信がつきました。
実は次はもう、どんな話を書くかっていうのは決めていて、3月ぐらいから書き始めようと思っているのです。
テーマはわたしの得意なニットとファッション。
そして、それに伴う人間ドラマです。
主人公は今度はさらに年齢が下がって、中学3年生にしようと思っています。
読んだら、「うわ~、きれい」ってなんて、元気になるような
そんな話が書きたいなと思っているところです。
by sadafusa (2020-01-29 15:35)
今、無事に日本に帰ってきました、4泊です。仕事しに行っただけなので、ほぼホテルに缶詰です。
一次審査に残るのっが大したものですよ。10万字も削ったんでしょう。タダでさえこのスピード展開ならばそんなに削ったら読者にはついていけなくなりますよ。
つぎのお話もあるんでうsね、 sadafusaさまお得意のニットとファッション、これは楽しみです。
by Yui (2020-01-31 23:21)
Yuiさま
コメントありがとうございます~。
もう、別に隠す必要もないのでいいますが、応募したのは「京都文学賞」だったのです。この文学賞は第一回だったのと、京都に関するものなら、なんでもOKだとのことで、夫が応募してみれば?と強く勧めてくれたので、応じてみたのですね。
まぁ、やってみて初めてわかりましたが、この物語はもともと「聖徴」っていうお話の続きという側面を持っています。
それを内容の三分の一ほど削って、何とかこの小説だけで成立させるっていうのは思いのほか、しんどい作業でした。
書くのに三か月かかりましたが、削って、それから推敲するのにも三か月かかったんですよね。
まぁ、それに見合う体裁にして文学賞に応募したこと自体はいい経験だと思っています。落選したにしても。
ですが…。ここでひとつ非常に、非常にショッキングな事件が起きたので、それをここに書かせていただきます。
昨日、郵便物が届いておりまして、何かなと思えば、文学賞を主催した京都新聞社から私宛に、作品の書評みたいなものが入っていました。
「え~、一次通過だけの人間にもこんなん来るの?」と驚きながら封を開けると、A4四枚にわたり、みっしりとタイピングされていました。
で、ちょっと特殊なことなのですが、この京都文学賞というのは、一次選考まではプロの書評家さんたちが読んで選んでいるのです。
そして二次選考というのが、変わっていまして、読者選考委員というって、あらかじめ梶井基次郎の檸檬を読んだ読後感想文によって、選ばれた一般の選者ということなのですね。
だから、まぁ、プロではないわけです。
プロ、アマに関係なく忌憚のない意見というのが聞けるというのは、めったにないことです。
たいていの場合、「本当はこうしたらいいと思うんだけどなぁ」と思っていたとしても、なかなか言えないものなのですね。どうしてもあたりさわりのない意見になってしまって甘くなりがちだと思います。
私の書評は一番初めには、プロの方の温かくも厳しい寸評が書かれていました。
「書きぶりに安定感のある点では候補作中、随一であった。このまま出版されてもおかしくないレベルだが、新鮮さに欠ける。祖父を助けた謎の女学生の正体も、読者には分かってしまうのに、ヒロインたちが気づかないのも、もどかしい」
とのことでした。
前半は非常にうれしいお言葉ですよね。客観的に見て、文章はまぁよかったということですから。
プロットに関しましては、自分でもちょっと安直なのかなとは思ったのですが、正直どこまで人がついてこられるかが不安だったので、こういう設定にしたのです。
だから、次はもうちょっとレベルを上げてもいいのか、とも思いました。
で、問題はその次なんですよ、そこには読者選考委員の感想が書かれていました。読者選考委員は何人いらっしゃるのか知りませんが、抜き書きなのですが、全部で64個ありました。
生涯もらった書評の中で断トツに多い数です。
ですが、褒められているのは20
改良すべき点として苦言を呈されているのが34です。
褒められた文章というのは、人間誰しもそうでしょうが、うれしいものです。
中には書いた私の真意というものを的確につかんでいらっしゃる方もいて、「ああ、よかった~、わかってもらえて」って感じで本当にうれしかたです。
ですが~、それを見事に覆すような辛辣極まりない、書評の数々。
一番強烈なやつをいくつかご紹介します。
「性的マイノリティの問題を扱う手つきは稚拙で、ルッキズムやミサンドリズム、旧弊的なジェンダー観についても無批判に放流されている」
…ルッキズムとか、ミサンドリズムっていうことば、初めて聞きました。ルッキズムというのは、見かけが美しくない人への差別、ミサンドリズムというのは、男性憎悪のことらしいです。
そんなところあったかなぁとも思うんですよね。
わたしね、これを書いた人はおそらく、男性、それも結構年配の人だと確信しています。いるんだな、こういう文学オタクな人。私、読書メーターで、自分の読んだ本をメモしているので、たまにおめにかかります。こういう難しいことをいう人。
おそらく、こういう人はご自分でも何かを書かれる人だと思うんですよ。旧弊的なってなに? それをいうなら「旧弊なジェンダー観」って書けばいいじゃん?
「セブンイレブンは関西では『セブイレ』と訳す(ママ)。『セブン』は関東の訳し方(ママ)ではないだろうか」
これもさぁ、まずさ、「訳す」じゃなくて「略す」だよね。省略でしょ? それにさ、その人その人の感性なんだよね。関東でもいますよ。「セブイレ」っていう人が。だけど、そういうことこまごま書くこともないだろうに。って思うのよね。そういうこと言う前に自分の日本語をなんとかしろや。
あと強烈に傷ついた書評
①
「主人公である由利は十五歳という設定だが、大人びている印象(悪く言えば母になっている妙齢の女性が若返ってもう一度高校生をしているような中身や言葉づかい)が強い。」
まずね、「妙齢」っていうのは、「うら若い年ごろ」のことを指すんですよ。いわゆる「芳紀二十歳」ですわよ。こんな短い書評ですら、言葉遣いって気が付かずにまちがっているだろ? 人のことこんなに強く責めるんだったら、もっと自分もことばの精度を高めろやって話ですよね。
ホンマ腹立つ。
まぁ、この人の言っていることあっているよね。わたし、このお話を書くとき、「あまりに由利や小山さんや常盤井が大人びてスマートすぎないかな?」って。だけどね、私は昭和70年代を池田利代子で育った人間です。オルフェウスの窓のユリウスを見よ。彼女ってしょっぱなに出てきたのは14歳ですよ? 14歳であれだけ老成しているのよ? いいじゃない? 今のアーパーなJKを等身大に書かなければならないということもないと思う。
②
「常盤井のとの恋愛も、ひと昔前の少女漫画のような大人びている言葉づかいや仕草だが、中身は子供でいるようなアンバランスさがあり、今の十五歳とは違和感が出てくるのではと思う。ライト文芸のようでいて、15歳(ママ)の視点からではなくあくまで大人が書いた少女小説だと感じたのたので肩透かしをクラス部分はあった」
ま、これも①と同じことが言えるかな。
今の日本って本当に変な国だよね。
いまだにおやじが大きな顔してのさばっているからこんなことが言えるんだよ。これを書いたのはオヤジだって強い確信があります。
私は最初から、純文学を書こうなどと思ったことは一度もない。だけどラノベというには、この小説は文章が重たい。ジャンルがどこなのか、自分でも模索しているけど、だからといって今更受けを狙って自分がカテゴリーに合わせて、矯正しようとは思わない。
わたしのような、人生の盛りを過ぎた女性が若いころを思い出して、美しい夢に浸るのをこの人、完全にバカにしてるよね。そういう父権至上主義なオヤジの悪意を感じました。
まぁ、長々といろいろ書いたけど、要するにこれって総体的な評価じゃないわけよ。
中には由利とか常盤井の会話が京都弁じゃないのがおかしい、っていう意見もたくさんあったけど、じゃあ、反対に劇中の人物が全員が全員、京都弁を話していたらどうなる?っていう予測をしていないんだな。そのうえでも放言なんだよね。
こういう書評って、読んだ人の印象というか感じ方だけで、書いた人を裁いているので、これから先、こうしたらいい小説が書けるかもよというアドヴァイスじゃ全くないわけ。
こういうのを送り付けることは一見親切なような行為に見えて、とんでもない迷惑だよね。
わたし、怒りがマックスだったときを10とするなら、
今回のこの事件は、8.8くらい、不愉快だったし、
昨日は不愉快すぎてなかなか眠れなかったわw
それでもって、「京都文学賞」のサイトに行くと、
二次落選者のこういう書評をダイジェストされたものが、全員載っているんですよ。
これはね、はっきり言って、「公開処刑」です。
他の人のも読んだけど、本当にひどい。
みんなそりゃあ、未熟かもしれないけど、
それはそれは一生懸命書いたものでしょ?
作品はその人の心の中にある聖域ですよ。
それを土足で踏みにじられた感じ~。
コンテストに応募することはこんなサディスティックなことにも
耐えなければならないの?
こういうことされたら、二度と応募したくなくなるよね。
選者ってこれほどまでに偉いのですかねぇ~。
京都文学賞の主催者さんはもうちょっと考えるべきだと思います。
by sadafusa (2020-02-01 12:08)
sadafusaさま
今回の発表はとにかく短くしたのが問題だったと思います。ここで読ませていただいたものでも展開が早くてもっとゆっくり書かれてもいいのではと思いましたもの。字数制限があったのだと思いますが、これをそんなに短くして、また聖徴を知らない人が読んだらそれはわからないに決まっています。
むしろ褒めてくださった方のものだけ読むんでいいんじゃないでしょうか。本当に頑張られましたね。
京都文学賞という枠を超えていたんですよ。
小説というのはそれに適した長さというのがあると思うので、無理に短くしたものはやっぱりそれとわかるのではないですか?思う存分、sadafusaさまが書けた世界を枚数に関係なく発表できればと思います。
あと2話ですよね。この破天荒なお話の果てがどこへ行き着くのか楽しみにしています。
by Yui (2020-02-01 14:40)
ありがとう。
この話はね、いろいろな体裁を取っていますが、やっぱりある程度、いろいろと人生の選択を迫られて、決断してきた女性たちに読んでもらいたいんです。
うん、これに懲りて、お話を書かない、じゃなくて、
これにもめげずに自分が「いいな!」と思ったことを題材に書いていこうと思っています。
それに、ブログに洗いざらい心のもやもやをたたきつけるように書いてしまったら、気分がずいぶんと楽になりました。
今日も7時頃にUP致します。
よろしくお願いします!!
by sadafusa (2020-02-01 15:52)
こんばんは。
賞に応募する、というのは本当に大変なことなのですね。素人評論家も育ててしまったような……読んでいてこちらもムカついてしまいました。投稿サイトもたくさんあるみたいですが、こういうところにも自分の好みに合わないとか一方的にコメントする人も多いみたいで…。
自分の知っている狭い世界だけで読み物を判断する人ってイヤだなぁと思いました。
きちんとした感想を書けない私が言える立場でもないですが(-_-;)
今日の更新を楽しみにしています!
by おかもん (2020-02-01 18:07)
おかもんさま
>自分の知っている狭い世界だけで読み物を判断する人ってイヤだなぁ
そうなんですよ!
昔、大藪春彦の「汚れた英雄」を読んでいたら、マシン(だったと思うけど)の描写が半端ないわけ。ひとつの武器や車の描写だけで20ページ、30ページは優にあるわけよ。
私はあんまりそういうのに興味が沸けないタイプだけど、だからといって「正直ここまでメカニックな描写はいらないと思う」とは書きませんよ。
自分にはわからないながらも、ほかの人には広大な世界が広がっているってことだもん。
自分が理解できないから、その世界観は出来が悪いとは思わないね。
でも、反対に女性の方からは「共感した」という感想も結構ありました。
投稿した作品は前世というものがないから、常盤井と由利の関係はちょっと違うのね。
で、応募作品の由利は「何もかも母親には劣っているのに、こういう惚れっぽくって一途になってしまう自分が情けない」と思ってしまって、どっぷりと深い恋の淵にはまってしまうところを自戒するのですね。
こういうところが、非常に「今時の女の子らしい」「強い女」っていうのを感じたと評価されたことがうれしかったです。
でも、こういう気持ちっておそらくオヤジにはわからないので、やれ、「二重人格だ」とか「作中人物がプロットの奴隷になっているので、説得力がない」とか言われてしまうんですよね。そう感じるのは男なんだって。
う~ん、自分の作品のいいわけばっかりになってしまいましたね。
でも、ダメなところはたくさんあります。それは本当。だけど、それを少しでも改善してさらに面白いものが書けるよう、努力したいなと思います!
by sadafusa (2020-02-01 18:55)