日本が世界に誇る古典の現代訳   『平家物語』古川日出男訳 [読書・映画感想]

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今日はちょっと真面目に『平家物語』を語ってみようかなと思っています。

日本人で平家物語を全く知らない人はいないと思う。中学か高校のときに覚えさせられませんでしたか?

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、勝者必衰の理を表す、おごれるものも久しからず、ただ春の夜の夢のごとし、猛きものもついには滅びぬ、ひとえに風の前の塵におなじ…」

うわ~、今でも暗唱できるわ、私。やっぱり若い頃に覚えたことって忘れないんだなぁ…。
そう、この超有名な名文で始まるのが『平家物語」です。

平家物語のテーマはこの冒頭の文をよく読んでお分かりの通り、「諸行無常」ですね。
つまり、どんな人間も最後は死んでしまうんだよ、ってことです。
ひとつの「滅び」をテーマにした文学なのです。ですが平家物語は単にある栄えた一族の滅亡の記録にとどまらず、「滅びの美学」のエッセンスがぎ~っしりと詰まったオハナシなんですねぇ。

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これまでは、テレビの大河物語では小さい時に、うっすらと『新平家物語』は知っていて、近いところでは『義経』『清盛』とか、面白く見ていました。




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でも、テレビではよく解らないこともあったりして、
宮尾登美子の『平家物語(これは大河ドラマの『義経』の原作」を読んだりしてきましたが、こういうのは、つまり平たくいうと二次創作なのであって、宮尾登美子さんのものであったなら、宮尾登美子さんのフィルターを通して描かれたものなので、やはりどうしてもオリジナルとは違うものなのですね。




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で、この度は、オリジナルの平家物語の現代語訳を読んでみようという、まぁ、一種のチャレンジなわけですよ。でも、それならば例えば図書館などにある「日本古典体系 平家物語」を読めばいいじゃんと思われるかもしれませんが、ああいうのは、逐語訳でしょ? そうそう、高校の古典の参考書の現代訳を読んでいるようで非常に味気ないわけですよ。

そこで、プロの文章なんです。
実は、この訳をされた古川日出男さんという方は、それほど多くの著作を読んできたわけじゃないのですが、非常にペダンチックで色彩溢れた美しい文章を書くのが上手い人なんですよ。
だいぶ前になりますが、この方の『アラビアの夜の種族』っていうのを読んだんですよね。


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まぁ、話の筋もさることながら、なんていうのかな、まるでドラクロワの絵を文字で読んでいるというか、鮮やかなオレンジとか金色とか、エメラルド・グリーンとかラピスラズリの青などで飾られた豪華絢爛なイスラム世界が忽然と目の前に出現するんですよね。

そう、ですから、この古川さんなら! きっと金砂子が舞い散るような美しい平家の公達が落ちていく様を語ってくれるに違いない!と確信したんですよ。

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読んでみると、非常に気持ちの良いリズムとテンポでオハナシは語られるのです。
古川さんは前がきで、「訳しているとよくわかるのだが、途中で作者が突然変わったなってわかる。というのも全く口調が違うからです。でも、これは不思議なことではなく、もともと「平家物語」というのは特定の作者がおらず、琵琶法師が語った物語で、時代が下るにつれ、いろんなエピソードが加えられていったのだと思う」とのことだそうです。

話の構成も、悲しくてしんみりするときは、琵琶の語り手はひとりで、しっとりと語るように書かれていますし、勇ましい闘いのところは、琵琶は三人でいっせいに声をそろえて語る、という具合に描かれています。この演出は非常に秀逸だったと思います。

で、平家物語って十二の巻と最後、「灌頂の巻」といって待賢門院のところへ後白河法皇が御幸されて、物語をするというところで終わっています。

一から四までは、清盛が生きて、どれだけ世の中に幅を利かせたかという花々しい話なんですね。しかしおごり高ぶった清盛のため、天は平家の運を清盛一代限りにして見限った、と書かれています。
清盛の長男、小松の大臣(おとど)こと、重盛は度量もあり、人格者であり、しかしてまた頭を相当にキレる人間として書かれています。この長男が一族の棟梁として清盛亡き後、率いていけばきっとこれほど惨めに潰えることもなかったのでしょうが、あにはからんや重盛は40そこそこで病没してしまうのですね。

そこで三男の宗盛が率いることになったのですが、(次男は夭逝した)この宗盛と言う男は、兄の重盛とは違い、深謀遠慮することもなく、覚悟もない要するに人の上に立つような人物ではなかったのです。それがこの一族の悲劇でしたでしょうか。

ですが、やはり一族には心映えの優れた人々がいっぱい出てきます。

清盛の年の離れた弟で、歌の名手の忠度(ただのり)
牡丹の公達と呼ばれた、重衡。この人は南都を焼き、その咎で南都で処刑されました。


勇猛果敢な武者、能登の守、教経。
同じく「見るべきものは見つ」といって果てて行った清盛の四男知盛。

また、総領息子でありながら、戦下手で倶利伽羅峠の合戦でも、一の谷の合戦でもぼろ負けした重盛の長男、維盛。
この人は戦士としてはダメでしたが、貴族的な貴公子として、その最期はしみじみと哀しいものです。

まぁほかにもいろいろとあるのですが、
これはまぁ、タイトルのとおり、平家一門の滅亡の話でもありますが、また源氏が滅びる話でもあります。
戦の天才だった木曽義仲も九郎義経も、結局は逆賊として頼朝に討たれてしまいます。

まさしく「猛きものもついには滅びぬ」のことばどおりなのです。

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古典というのは、筋が結構難しく、一度読んだからといって、隅々まで理解できたわけではないのですね。何度も何度も読んで少しずつ、身体に沁み込ませていく必要があると思います。

本当をいえば、現代語ではなく、本当の古文のままの原文で全部読めばいいのかもしれませんが、そんなことができるのは、ほんの一握りの人たちだけ。

ですから、こんなふうに現代人に面白い、と思えるような現代語訳が生まれたのは非常に喜ばしいことだと思います。

でも、もうひとつ言えば、「あさきゆめみし」のような傑作が「平家物語」にもあればなぁと思うのです。なぜかといえば、私に限って言えば「あさきゆめみし」は死ぬほど読んだので、源氏と女君たちの相関関係はばっちり頭の中に入っているのですね。
それってやっぱり、大事なことだと思うのですよ。
それを知ったうえで、瀬戸内寂聴さんの現代語訳を読んで、原文にあたるとさらに理解力は深まるだろうし、世界も広がる。


また、最近永久保貴一さんの密教の行者のマンガをずっと読んでいたお蔭で、この時代の人の仏教観、人生観というのが、より一層深く理解できたような気がします。

劇中で、重盛や重衡が抗弁というのをするのですが、昔なら「なんだ? この迷信深いもののいいぐさは?」と一笑に付したと思いますが、それは私が現代人のほうが優れていると高をくくったものの考え方であって、やはり彼らの流れるような論理展開には目を見張るものがあります。さすが、当時の仏教の教義、かつ和漢の故事に精通している平家の公達は言うことが違うなぁと思いました。


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まぁ、ページ数にして900ページもある大作で、読むのに相当な覚悟が要りますが、それでも読んで損はなかった!








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試し読みというのもありました、これでトライして、大丈夫そうだったら本番!と言うのもありです。


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